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学校を出たあと、遥は帰るふりをして、人気のない公園の奥に足を向けた。灯りのついていないブランコが、風にきぃ……と鳴っている。
(ばかだな、俺)
日下部に、わざわざ“演技”だと自分から口にしたことが、今さらのように後悔として胸に広がっていた。
──なにがしたかった。
“信じてほしかった”はずなのに、“見抜かれる”のが怖くて、自分でネタバラシするみたいに言葉を投げつけて。
それでも。
そのあと、なにも言わずに見てきた日下部の目が、今も焼きついて離れない。
(……おまえ、なんであんな目、すんだよ)
責めない。問い詰めない。追いかけない。
それなのに、全部見られてる気がするあの視線。
──知られたくなかった。
こんな風に自分を殺して、壊して、それを「平気な顔」でやってるのを──
日下部にだけは、知られたくなかった。
(……もう見ないでくれよ)
心の奥で、そう願ってる。
でも──
「まだ見てるかも」っていう期待が、いちばん、自分を追い詰めてる。
夜──
蓮司の部屋。
狭いベッドの上に、ふたりの影が落ちていた。
窓の外はもう暗く、遮光カーテンが半端に開いた隙間から、街灯の光が床に伸びている。
シャツを脱ぎながら、蓮司は何の興味もなさそうに言った。
「……で、今日も頑張ってたね、“恋人の演技”」
遥は、膝を抱えるようにベッドの端に座っていた。
蓮司と目は合わせない。
けれど、指先が微かに震えていた。
蓮司は続ける。
「お前さ、もっとうまくやれば? 今日、女子に消しゴム投げられてたろ」
「……うまくやってるよ」
「どこが?」
蓮司は乾いた声で笑う。
顔は笑っていない。
ただ、遥の反応を楽しんでいるような、氷みたいな目だった。
「……信じさせたいんでしょ、あいつに」
遥は、びくりと肩を揺らした。
蓮司はわざと、近づきながら言う。
「──だったら、日下部のとこ、行けば?」
その言葉が、胸に刃物みたいに突き刺さる。
「……行くわけ、ねぇだろ」
「なんで?」
蓮司の指が、遥の首筋に触れた。
ぞくりと、身体が反応する。
自分でもわかるほど、敏感に、反射的に。
「……やめろよ」
声が震えた。
「じゃあ、どうして来んの? 俺のとこには」
蓮司の手が、遥の髪を撫でる。
優しいふりのその手に、ぞっとした。
(来るなよ……俺の中に)
身体は拒否できない。
何度もそうだった。
耐えても、拒んでも、皮膚は熱を帯びて、唇が開いて、息が荒くなる。
──嫌だ。
──なのに、感じてる。
その事実がいちばん、許せなかった。
(なんで……)
(なんで反応すんだよ、俺……)
蓮司が囁く。
「ほんとは、好きなんじゃないの?」
「違う……」
遥は首を振った。
「じゃあ、何? これ」
その言葉とともに、蓮司の指が遥の胸に触れる。
拒絶と快感が交差して、遥は目をきつく閉じた。
(こんなの……俺じゃない)
(ただ壊れただけの、俺だ)
涙が、頬をつたった。
声にはならなかった。
──ああ、また泣いた。
──あいつに見られなくて、よかった。
蓮司が少し顔を近づける。
「……泣き顔、サービス?」
その言葉が、遥の中の何かを、またひとつ壊した。