第3話:更新パッチの深層
午前10時、シスケープ社 第7開発ビル。
朝のアナウンスと共に、全端末にアップデート通知が走った。
【LAST STRIDE ver.7.3.1 アップデート内容】
新スキル「スモークブレイド」実装
Memory Hunterマップ挙動最適化
ファントムタグ生成条件の調整
ユーヤは自席の前に座り直すと、黒のハーフジップパーカーの裾を引き下げてから、モニターを開いた。
目元の影が濃く、前髪の奥の瞳はコードの列をじっと見つめている。
「……これ、書いたやつ、仕様書読んでない」
彼の視線の先には、スモーク処理に不自然なタイムレイヤー。
処理落ち対策のパッチとしては“急ごしらえ”すぎた。
「おいユーヤ、これ明日のバージョンで入れるって本気か?」
背後の席から、先輩の八巻が顔を出す。
彼はスーツにVRネックフレームをかけた、柔和な笑顔の男。
ユーヤの無口ぶりにも慣れた様子で、コーヒー片手に話しかけてきた。
「お前さ、動作チェックしすぎてユーザーと戦ってる夢とか見てんじゃねぇの?
……ま、あり得るな、お前なら。」
返事はない。ユーヤはただ静かに、修正ログを自動分岐処理にかけながら、
一行、また一行と“癖”のパターンをチェックしていた。
“このコード、チーム内の誰も書いてない” “けど、俺には見覚えがある”
【LAST STRIDE:テストサーバー】
ユーヤは開発者用の非公開サーバーにログインした。
アバターはsystem_0仕様、黒の簡素な戦闘ユニット。
そこにあったのは、表に出ていない変化済みマップだった。
建物の配置、出現武器、そしてタグの挙動が異常に“誘導的”になっていた。
「……これは、操作している。戦いを“演出”するためのパターンだ」
敵役のAIがユーヤに向かって突進してきた。
その動きは予測可能。彼はリズムで詰めるように距離を縮め、
ナイフでAIのセンサーを2度突き、反転して一閃。
光と共にAIが消失する。
残されたコードフラグに、ユーヤの目が細くなる。
【Author : UnknownDev_00】
【Memo : “Emotionally-guided balance” test - DO NOT MERGE】
「誰かが“感情”を使ってゲームを調整しようとしてる……?」
【COKOLO:ユーヤの通知欄】
仮想画面にピコン、と通知。
送り主はコザクラ。
《おにーちゃんへ:今日の“飼い主たち”、ちょっと荒れてるけど大丈夫だよ!
あと、見えないタグって、ちょっと怖くない?》
ユーヤは通知を閉じた。
そして、一言も発さずにサーバー内部のディレクトリへと深く潜る。
“お前は何を記録した。誰のために”
【現実:第7開発ビル 夜】
窓の外には、湾岸の風景と広告塔のNEO-Vロゴがゆっくりと回っていた。
オフィスの片隅、ユーヤの席だけがまだ明かりを灯していた。
彼は黙々とコードの“違和感”をログへ記録しながら、
モニターの横に置かれた、冷めた緑茶の缶を手に取った。
“NEO-Vは、ただのデバイスじゃない。”
“これは、人の“感情”を読む装置に、なりかけている。”
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