「要件は何?」
銀色の綺麗な髪を靡かせた女性が、組合長へと尋ねた。
ここは魔物狩り組合の組合長室。
職員に連れて来られ、不遜な態度で席に座ったその女性は、嫌気を全面に出したままだ。
「レキシー。他のメンバーはどうした?」
「あの使えない子達は、前回の依頼でみんな死んだわ。そんなことより、何?」
仮にも仲間が死んだ者の言葉ではないが、それは地球の価値観なのかもしれない。
命懸けの職業、魔物狩り。弱いモノは淘汰されていく。今はまだ増える早さが勝っているため、バランスは保てている。が、そのバランスとは危ういモノである。
閑話休題。
「教育……いや。殺して欲しい奴がいる」
「は?殺しはやってないわ。他を当たって頂戴」
レキシーと呼ばれた女性は、手に持つ尖り帽子を被ると、席を立った。
「待て。報酬は弾む」
「お金には興味ないの。じゃあね」
尚も出て行こうとするレキシーを引き留めるために、組合長は最後のカードを切る。
「待て待て。お前が欲しがっていたアレ。一つなら用意出来る」
「……嘘じゃないでしょうね?」
「俺はまだ死にたくはない」
組合長の端的な言葉に納得したレキシーは、帽子を脱ぐと再び席に座る。
「で?誰をどこで殺すの?」
「名前はレイン。俺の息子を殺した男だ」
「ぷふっ。あら、ごめんなさい。あの口だけ男、死んじゃったんだ。でも仕方ないわよ。口だけが達者なんだから」
レキシーはあの三人を知っていた。
というのも、その息子はレキシーに長らく言い寄っていたのだ。レキシーより弱く、口だけは達者な。
そして、死体はすぐに見つかったようだ。殺人はこの国でも、魔物狩り同士でも犯罪になる。
しかし、街の外での死体は犯人の特定が出来ない。出来るとすれば目撃者が不特定多数いる時のみ。
レインはちゃんと全員殺していたので、目撃者は生きていない。
「ビヨルドのことはどうでもいい。俺の息子が殺された事実が問題だ。組合長がたかだか組合員に舐められてはいけない。わかるな?」
「わからないわよ。そんなどうでもいい話は。さっさと続けなさい」
「くっ…」
レキシーの態度はデカいが、ゴールドランクとはそれだけの権威がある。シルバーランクとは一つ違いだが、天と地ほどの格差がある。
「レインはソロのシルバーランク。そいつを殺すのは組合の訓練所で、だ」
「は?頭おかしいの?それだと私が困るじゃない。流石にそれは飲めないわ」
「まぁ、最後まで聞け。レインにもそれ相応の報酬を用意する。ここまで言えばわかるな?」
「…決闘ね。いいわ。その代わりお膳立ては全部任せたわ。私はただ殺すだけ。良いわね?」
「取引成立だな」
組合長は椅子から身を乗り出し、手を差し出すが、レキシーはそれを無視して退室していった。
「クソ女めっ…」
胸元が大きく開いた黒と紫のドレスを見に纏い、元々美人な顔に扇状的な表情を貼り付けたレキシーを狙う男は多かった。
過去形の理由は、狙った男は悉く股間を魔法で切り取られたからだ。
そんなレキシーを噂で知り、事なきを得た男の内の一人である組合長は、本人不在の中でしか悪態をつけないのであった。
「レインさん…組合長から指名依頼が…」
受付嬢が恐怖に震えて告げた言葉は、レインに届いたのか。
無言で受付を見据えるレインは何を考えているのか。
長くとも短いその時間、恐怖のあまり、受付嬢は人知れず失禁するが、気丈にもその場を離れなかった。
いや、離れたら殺されると思っていたのかもしれない。
皆が見守る中、レインはその重たい口を開いた。
「話だけ」
「は、はいっ!ありがとうございます!こちらですっ!」
殺されなかったことを神に感謝した。受付嬢は何度もありがとうの言葉を重ねたかったが、それにより殺される可能性に気付き、すぐに行動を開始した。
濡れて張り付くスカートを気にしながらも、何とか組合長室にレインを案内できた。
コンコンッ
「レインさんをお連れしました」
『入れ』
ガチャ
「で、では、私はこれで」
パタンッ
レインを室内へ促し、扉を閉めた受付嬢は、その場に尻もちをついた。
しばらく動けそうにない。そんな顔をしていた。
「座れ」
レインの顔を初めてみる組合長は、すぐに指図した。
「要件」
レインは座ることもなく、扉の前で口を開いた。
国でも三人しかいないゴールドランクなら兎も角、街に三人もいるシルバーランクの不遜な態度と物言いに、組合長の頭は沸騰しそうになっていた。
一度レインから視線を切り、冷静さを取り戻した組合長は告げる。
「俺からの指名依頼だ。一人の女と決闘をして欲しい。成功判断は相手の死。成功報酬は金貨二百枚だ。どうだ?」
金貨二百枚という金額は、シルバーランクのレインでは稼ぐのに半年程かかる大金である。
安い奴隷が金貨一枚から買えることを考えれば、破格の報酬と言えよう。
「ランクアップ」
しかし、レインの求めるモノは更に上だった。
決闘相手の素性が分からないという理由で断られる可能性があるとは思っていたが、まさか報酬が気に入らないからという理由で断られるとは夢にも思っておらず、組合長は暫しの間絶句している。
それも、向こうから条件を提示してきたのだ。
これは舐められているどころの騒ぎではない。この男は不穏分子そのものだ。必ず消さなければ…それに死ねば報酬はなし。何とでも言えるな。
組合長の意思は更に固まる。
「わかった。その条件で依頼書を作成する。明日にでも受理してくれ」
してくれ。など、久しぶりに使った。
怒りで声が震えてはいなかっただろうか?そんな感想を抱けるほどには、冷静さを保ててはいた。
レインの瞳を覗き見るまでは。
「ひっ!?」ガタッ
その黒く何も映さない瞳に、自身の無を幻想してしまったのだ。
椅子を倒し、後ろに転がった組合長を無視し、レインは組合長室から出て行った。
「な、何だ…アイツは…」
組合長は三十年以上この仕事をしてきた。初めて遭遇本当の不気味に、名前をつけることは終ぞ叶わなかった。
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