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#恋愛
水無月 京
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「大豆生田さんはさ、それに対して何か言ってないの?」
梓の少しお酒に酔って潤んだ目がこちらを見る。普段強気の女の子がお酒でこんな顔をするなんて可愛い。紫水はこの梓のギャップに気づいているんだろうか…いや、気づいていたらあんな仏頂面で酒ばっかり飲んでないか。
「うーん、特に聞いたことないんだよね。面倒臭ぇとはよく言ってるけど」
豆さんの口癖は「面倒臭い」と「ダルい」だから、セクター長選が特別面倒臭いわけではないようにも思える。自分の興味を削ぐ一切が多分面倒臭いと思ってるタイプの人間だ。
「それは森羅万象に向かって言ってるねあの人」
紫水がすかさず同じ感想を滑らせてくる。
豆さんは、あまり私に対して愚痴を話してこない。だから、紫水の観察結果と私の持っている情報に大差はない。誰がいつ敵に寝返るかわからない世界のの処世術の果てなのか、それともシンプルに私への信頼がないだけなのか。
わからないけど、その状態は少しだけ寂しい。
「彼、出世欲はあまりなさそう」
「仕事できたらそれでいい、ってタイプな」
2人の意見は正しい。あんな位置まで上り詰めておいて、自分の地位には無頓着に見えることの方が多いから。でも。
「成果に対する評価が不当だったり見合わないと、結構怒るかもね」
無頓着な割にそれに見合う責任はしっかりと背負っている。そしてそのスタンスは決して自分だけに向けられたものではない。ユニットメンバーにも、私にも。常に責任は求めるけれども、一方でそのタイトル以上の無茶はさせない人でもある。
「へー、大豆生田さんって意外と熱い正義の人なのね」
「それはそう。一緒にPJやったら火傷するって有名」
「じゃあ、実力でセクター長になれるはずなのに他の人間に横取りされるのは、普通に嫌でしょうね」
「だろうな」
けどさ、順当に進んでも面白くないし、逆にブチギレて相手に報復するところとか見てみたい気もする。
悪魔のような笑みを浮かべるこの男は、心根までを悪魔に売り飛ばしてるらしい。手にしている赤ワインのグラスが物騒なものに見えてくる。
「ちょっとそういうのはやめてもらえますか」
「自分の上司だからって庇うのやめろ。つまんねー女になるな」
「流石に手放しで上司をキレさせるのを認めるわけにはいかないかな…!」
間違いなく私のキャリアにも影響が出るだろうしね?
全くどこに倫理観捨ててきたんだか、と梓が苦り切った顔で吐き捨てる。
とりあえずお前はもう黙っとけ、と新たに注文した日本酒を紫水に飲ませているのを眺めながら、ふと思う。
今度、セクター長選とか社長選について、聞いてみようかな。
***
あの日の飲み会の回想を終えて、改めて豆さんの言動を思い出す。彼を見ている限り、金や権力を求めて働いているようには見えない。
そういえば、そもそも彼がコンサルとして働いている理由すら知らないな。
どこがプライベートなのか、その線引きは人それぞれだから、込み入った話を気軽に持ちかけるのはリスクがあるし。
だから、私は思った以上に豆さんのプライベートや内心を知らない、ということをゆっくり思考しているだけなのに、その事実に泣きたくなる。
って今おもいっきり業務時間ですけどね。
豆さんから依頼された相変わらず難易度高めなミーティング設定依頼と、別のシニアマネージャーから依頼された社内決裁手続きの代理が数件と。
気を抜いて進められる仕事は、、今私の手元にはないんだから。
さっき休憩がてら手に入れたコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。つられてカップを手に取ってぐっと口に含む。
よし、気合い入れて頑張って、今日は定時で帰っちゃおう。
「こんにちは、秘書さん」
早速、と気合を入れてパソコンに向き合った私の集中力は5分も持たずにおられてしまった。それもバキバキに。
「…伊藤さん」
目の前に影が差し、それとほぼ同時に声をかけられる。
聞き覚えがあるような、ないような声。だけど、その顔は何をどうしても忘れられるわけがなかった。
「おーどーも。俺大豆生田さんの秘書さんにも認知されてるんだ」
光栄光栄、と高笑いする男は。
多分、私のことを一切記憶していないようだ。
「…どうかされましたか」
少しだけ、指先が震える。
ああ。何年経っても、この人と会話するのは無理なのかもしれない。
「いや、特に用事はないんだけど。今日大豆生田さん出張?」
「そうですね」
「ふーん」
もったいぶって言葉を切るこの男が薄気味悪くて、心なしか少し体温が下がってきた気がする。
「…何か、伝言でしょうか」
「あー」
わざとらしいくらいに虚空に視線をやり、何かを考え始める。
本当に連絡したことがあるなら、直接電話でもすればいいのに、と喉元まで声が出かかるけれど。
「いや、今日のところは大丈夫」
「…はぁ」
んじゃまたね、と手をあげて去っていく伊藤さんを呆然と見送る。彼の意図は全くわからなかったけど、緊張感の反動か疲労がどっと押し寄せてくる。
これぐらいじゃ、豆さんにわざわざ報告するのも躊躇われる。一体、彼の狙いはなんだったのだろう。
しばらく考えても答えは出なくて。
そこから仕事のスピードはわかりやすいほどに落ちて、結局、溜まっていた仕事を片付けて帰路に着いたのは20時をすぎていた。