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『い、いえ……』
『俺は皇太子アルフォンス。君が聖王国の第二王女、フェリシテ?』
『…………はい……』
初めて会うのにフェリシテだと言い当てられ、私は呆然として頷く。
『……どうして……』
皇太子殿下へのお辞儀も忘れて呆けていると、彼は悪戯っぽく笑った。
『向こうで人に囲まれているのが姉のレティシアだろう? こう言うと悪いが、聖女レティシアの噂は聞いているし、双子の妹の話も耳にしている』
彼が〝ハズレ姫〟の噂を知っていると思うと、恥ずかしさのあまり逃げ出したくなった。
人気のあるほうが〝当たり〟の聖女。
周りに誰もいないほうが〝ハズレ〟の妹。
(そんなの、考えなくても分かるのに……)
羞恥のあまり泣きそうになった時、彼は私にエスコートの腕を差しだしてきた。
『もし良ければ、少し一緒に散歩をしないか?』
『え?』
目を瞬かせると、アルフォンス様は微笑んだ。
『君に興味がある』
私は思わずレティを振り返ったけれど、姉は相変わらず貴族たちに囲まれて忙しそうだ。
『……あの、私は聖女ではないので有益なお話はできません』
アルフォンス様が私に興味を持ったのは、私がシャレット聖王国の王女で、聖女の妹だからだ。
彼は私と話をし、帝国に役立つ情報を得たいのだろう。
けれど私は〝ハズレ姫〟だ。
聖王国の王族は、外国に招待された際に必ずと言っていいほど、祝福や加護を求められる。
だが聖なる力を持っていなければ利用のしようがない。
私が式典に参加するのは数合わせでしかなく、実質はなんの役にも立てていない。
私の存在意義は、王家の一員である事だけだ。
(だから期待には応えられない。……この方もやっぱり、ガッカリして立ち去っていくのかな)
悄然としていると、アルフォンス様は私を見てニコッと笑った。
『〝聖女と話したい〟なんて一度も言っていない。フェリシテ王女、俺は君と話したい』
『え……』
その言葉を聞いた瞬間、フワッと視界が広がって世界が明るくなったように感じた。
――こんな言葉、誰にもかけられなかった。
――でも何かの間違いじゃないの? 帝国の皇太子殿下が私なんかに……。
王宮を歩いていても、私は貴族たちに挨拶すらされず、素通りされる。
おべっかを使う必要もないぐらい、利用価値のない姫だ。
だからこそ、アルフォンス様が何を求めて私と話したがっているのか、皆目見当もつかなかった。
呆然としていると、彼は私と目を合わせて手を差し伸べてくる。
『行くか? 行かないか?』
選択を迫られた私は、無意識に彼の手を握っていた。
『……行きます』
手を握り返してもらう事が、こんなに嬉しいと知らなかった。
乳母やナーサリーメイドはレティばかりを構い、心細くなった私が手繋ぎを望んでも、彼女たちは無視した。
だから私の世話をするのは、じゃんけんで負けた〝ハズレ〟の人だけだ。
勿論、彼女たちは興味なさそうに私の相手をし、態度もおざなりだ。
そんな扱いを受け続けていたから、こんなふうに手を差し伸べて求められるのが嬉しくて堪らなかった。
『……う、……っうぅ……っ』
アルフォンス様の温かい手を握った瞬間、私はボロボロと大粒の涙を零して泣き始めた。
『ぼっ、ぼうしわげありまぜんっ、……ずぐっ、なぎやびばずっ』
彼はベソベソと泣き酷い鼻声で謝る私を見て優しく笑うと、懐から出したハンカチで涙を拭ってくれた。
『行こうか、フェリシテ。……君は普段なんて呼ばれている?』
『……家族にはフェリと呼ばれています』
不敬にも皇太子殿下のハンカチで洟をかんだ私は、涙を拭いながら答える。
『ではフェリ、行こう』
そう言ったアルフォンス様は、歩幅の小さい私に合わせ、ゆっくり歩いてくれた。
それをレティが見ていたのを、私は知らなかった――。