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次の日。
紗奈はいつも通りの笑顔で登校した。
「おはよー!」
陽葵の明るい声に、紗奈は柔らかく返す。
「おはよう、陽葵」
授業中も休み時間も、二人は何事もなかったかのように過ごした。
昨日の夜の苦しみなど、紗奈は一切表情に出さない。誰から見ても、仲のいい幼馴染の男子二人だった。
放課後。
「一緒に帰ろーぜ!」 陽葵が当然のように声をかけると、紗奈は一瞬だけ目を伏せて微笑んだ。
「ごめん、今日はちょっと寄るとこあるんだ」
「え、どこ行くんだよ?」
陽葵が軽く聞き返す。
紗奈は笑顔を崩さずに肩をすくめる。
「んー、まあちょっとね」
答えを濁しながら歩き出す。その顔は笑っているのに、どこか焦りが混じっていた。
陽葵は眉をひそめる。
(なんだよ、あの顔……珍しいな)
そのまま帰るふりをして、陽葵は距離をとりながら
紗奈の後をつける。
人混みに紛れ、紗奈の背中を見失わないように。
薬局の自動ドアが開き、紗奈が小さな紙袋を手にして出てきた。
その瞬間、目の前に立っていたのは陽葵だった。
「おー! 紗奈じゃん! 奇遇だな、こんなとこで」 わざとらしく笑いながら声をかける陽葵。
紗奈は一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの微笑みに戻った。
「…….ほんとに偶然だね」
陽葵の視線が、紗奈の手にある紙袋へと移る。 「なあ、それ…….何買ったんだ?」 病気でもしてるのか、と頭の片隅で不安がよぎる。
紗奈は軽く袋を持ち直し、肩をすくめた。 「ちょっとしたものだよ。たいしたことない」 「いや、でもーー」 「ほんとに、大したことないから」
笑顔を崩さずにごまかす紗奈。 その目の奥に、陽葵は言葉にできない違和感を覚えた。
しかし深く踏み込むことはできず、二人はそのまま並んで歩き出した。
「……じゃ、また明日」
角を曲がる手前で、紗奈が小さく手を振る。
「おう、またな!」 陽葵も明るく返し、別々の道へと帰っていった。
それぞれの家へ。
表面上は何もなかったかのように。
けれど、陽葵の胸には小さなざわめきが残っていた。
翌朝。
登校の途中で、陽葵がふと真剣な表情を向けてきた。
「なあ紗奈。もしなんかあったら…….ちゃんと俺に頼れよ」
「……急にどうしたの?」
紗奈は笑顔で返すが、その笑みはどこかぎこちない。
「いや、昨日のこととかさ。なんか一人で抱え込んでる気がして」
「……大丈夫だよ。心配性だな、陽葵は」
紗奈は冗談めかして笑う。その笑顔に、陽葵は納得できないままも黙り込んだ。
放課後。
紗奈はいつも通り笑顔で別れを告げ、家に帰った。
しかし玄関を入ってすぐ、ふらりと体が傾く。
「っ……..!」
激しいめまいと頭痛。視界が揺れ、そのまま玄関に倒れ込んだ。
カチャ、と手にしていた鍵が床に落ちる。閉める前だった玄関の扉は、わずかに開いたままだった。
一方その頃。
陽葵は家でスマホを握りしめていた。
(なんか気になる…… 昨日のこともあるし)
思い切って紗奈に電話をかける。
……しかし、コール音は鳴り続けるだけで出ない。
「……」
居ても立ってもいられず、陽葵は外に飛び出した。 そして紗奈の家に着くと、玄関の扉が少しだけ開いているのに気づく。
「おい…… まさか」 恐る恐る中に入ると、そこには倒れている紗奈の姿。
「紗奈!」 陽葵の叫び声が、静かな家の中に響いた。
紗奈は玄関で倒れていた後、陽葵に支えられながらベッドに運ばれた。 体は重く、意識もぼんやりとしたままだ。
陽葵は手早く薬を買いに行くと告げ、家を出た。
紗奈はしばらく眠ったまま。 目が覚めると、スマホの画面に無数の着信履歴が並んでいるのに気づく。
昨日のことも、そして自分が倒れたことも関係しているのだと、紗奈はすぐに理解した。
(ああ、薬を買いに行ってくれたんだ…….) 胸の奥がじんわりと温かくなる。
しばらくして、玄関の扉が開く音が聞こえた。 「ただいま、紗奈」 陽葵が薬を手に戻ってきた。
「どうしたの?」
陽葵の声に、紗奈は軽く笑みを浮かべながら答える。
「ん… 昨日、少し熱があっただけ」
ほんのわずかにごまかす声。でも心の中では、陽葵の優しさに気づき、感謝の気持ちでいっぱいだった。
二人の間に、言葉にせずとも通じる距離が少しだけ縮まった。
ーーそんな穏やかな午後だった。