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真衣香がしてくれたように、それを包み込むことなどまさか自分には出来ないし、何より芹那相手に踏み込みすぎてもいけない。
「青木を〝こう〟したのは、俺なのに。知らない顔して俺だけが幸せになってくの、許せなかった?」
横を向いていた顔が、ゆっくりと坪井の方を見た。
ニヤリと口元が弧を描くけれど、その表情からは笑顔を作るような感情は読み取れない。
代わりに背筋を冷やりとさせるものがあった。
「うざいなぁ、もう。何知ったような口きいてるの?」
「はは、そんな口聞いてた?」
笑顔を貼り付けて答えると、三日月型の口元が歪に動く。
「助けてって弱々しく頼って……ほら、私可愛いから男は放っておかないんだよ既婚者も彼女持ちも」
「は?」
「あ、もちろん私に相手がいるって知ってて悩む男もね、最終的には手取り足取り助けてくれるの。仕事とか、それ以外でも」
話が見えなくて、坪井は芹那の声の続きを待った。
すると、ふふ、っと笑い声を上げた後。恍惚とした表情を浮かべてゆっくりと噛み締めるように言う。
「そんな相手が私を抱く瞬間がねぇ、すっごく好きなんだもん。安心するの」
「……え」
思わずポカンと口を開け、表情の変化を芹那の前で見せてしまう。
「彼氏がいても、やめられな~い。だってその瞬間は彼氏じゃ得られないんだもん。いろんな男が私を助けてくれる瞬間が欲しいの、何回でも」
坪井は自分自身が女相手に屈折した感情や考えを持っていたことは認めている。しかし、芹那からも違うベクトルではあるのだろうが、同じものを感じ取ってしまう。
返す言葉を選んでいる間に芹那は「ねぇ、もう外に出ない?」と、言うが早いかバッグを手にした。
「いいけど、水族館はもういいの?」
「いいの、別に、こんなのおまけだったから」
――レストランを出て、坪井を振り返ることなくスタスタと歩く芹那の背中を眺めながら、大きく息を吐いた。
言ってもまだ昼過ぎだ。
これから入館してくる客も多く、すれ違いながら外に出る。冷たい風が吹く中、広場を抜けて芹那が足早に向かうのは喫煙所のようだ。
たどり着くとベンチに座り、すぐにタバコを取り出すと舌打ちをしながら口に咥えた。