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彼の名前が、トーク画面の一番上にある。
もう三週間、その位置は変わらない。
最後に送ったのは、なんでもない一言だった。
『元気?』
送信した瞬間は、すぐ返事が来る気がしていた。
いつもそうだったから。
なのに、既読はついたまま、時間だけが進んでいった。
私はスマホを伏せ、カーテン越しの夕焼けを見つめる。
オレンジ色の空は、やけにきれいで、少し腹立たしかった。
世界は何も変わらないのに、私の中だけが取り残されている。
彼とは、同じ駅で毎朝会っていた。
最初はただの顔見知り。
雨の日に同じタイミングで傘を差し、目が合って、会釈した。
それだ け。
それがいつの間にか、名前を知り、連絡先を交換し、夜遅くまで他愛ない話をする関係になった。
『今日の月、きれいだね』
「、、、確かに」
そんなやり取りが、たしかにあった。
でも、私は気づいていた。
彼が自分から踏み込んでこないことに。
私が送らなければ、会話が始まらないことに。
それでも、『好き』という言葉を言わなかった。
そして。
言ってしまえば、この曖味な時間が壊れる気がして、
最後に会った日、彼は少し疲れた顔をしていた。
『最近、忙しそうだね』
そう言うと、彼は曖昧に笑った。
「うん、まあね」
その「まあね」の向こうに、私が入れる余地はなかった。
帰り道、同じ方向に歩きながら、影だけが並んで伸びていた。
駅に着き、改札の前で立ち止まった時、私は言えなかった。
ーー行かないで。なんて。
その夜、衝動的に送った『元気?』が、今も既読のまま残っている。
スマホを手に取り、彼のプロフィールを開く。
新しい写真は、知らない景色だった。
私の知ら ない場所で、彼はちゃんと生きている。
私はようやく理解する。
返事が来ないことが、返事なのだと。
トーク画面を長押しして、削除する。
指が少し震えたけれど、音もなく消えた。
カーテンの外は
もう夜になっていた。
あんなにきれいだった夕焼けは、どこにも残っていない。
それでも明日は来る。
同じ駅で、同じ朝が始まる。
彼がいない、それだけが違う世界で。