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翌朝、窓から差し込む春の陽気に、ソフィアは思わず目を細めた。
ムクっと起き上がると、子どもたちが既に騒いでいた。
「わーーー!!」
「あ!ソフィアおねぇちゃん!」
今朝の暖かい日差しの眩しさと同じくらいの笑顔にソフィアは優しく返す。
「おはよう。皆さんお部屋を片付けてご飯食べますよー」
元気な返事に思わず笑ってしまう。
せかせかと部屋を片付けている子どもたちの背中を眺めてから身支度を整える。
姿見で何度も確認しながら、気合いを入れる。
それから、食卓を囲みながら朝食を食べる。
こんな日常を続けているソフィアは、正直幸せ者だろう。
「ソフィアちゃん」
食器を片付けているとセレーナに呼び止められた。
「これから街に出掛けるのよね?よかったらおつかいを頼まれてくれない?」
「わかりました。いってきますね」
どこに行くのか、と子どもたちからの質問攻めを回避すべくソフィアはそそくさと準備をする。
そして買い物かごと、メモ、お金と、いつも持ち歩く自分の手帳とペンを持って外に出た。
◆◇◆
一通りの買い物を済ませると、あてもなく街を歩く。
ソフィアは街並みを見るのが好きだ。
新しいものや、人々の笑顔が溢れているから。
「われこそはー、きんのえいゆうっ!」
「きゃははっ!」
こんな可愛らしい光景も、小さな花も、怪奇現象も。
見知った街にはまだ見ぬものが隠されているかも、と思うと心が踊るのだ。
ソフィアは、持ってきていた手帳とペンを取りだすと、ちょうど目の前を大荷物を背負った年老いた女性が通っていく。
すかさず声を掛ける。
「お手伝いしましょうか?」
「あらぁ?いいのかい?ありがとう…」
目的地だった本屋まで送ると飴をくれた。
こんな何気ない日に甘いお菓子がプラスされるだけ。
そんな地味だけど、少し嬉しいというものこそがソフィアの日常なのだ。
女性が経営している小さな本屋を暫く見て回ると、とある絵本を見つけた。
「あの、お婆さん。金の英雄って本当に居たんですか?」
読み聞かせの絵本、『金の英雄と呪いの魔女』は有名な話だ。
だからなのか、その物語は興味をそそられる。
おやおや、と優しい微笑みで女性はソフィアに言い聞かせる。
「英雄様はね、本当に居るんだよ。…..英雄様が全部守ってくれるから、若い子はなーんも心配しなくてもいいんだよ」
晴天の青空を見上げながらゆっくりと語る。
ソフィアはもうひとつ質問をする。
「…呪いの魔女も、居たんですか?」
年老いた女性は一瞬黙り、瞼を閉じる。
「………あぁ、居たよ」
それから、ソフィアはお礼をしてから店をあとにした。
買い物は済ませてあるので、もう少しのんびりしてから帰ることにした。
しかし、行く宛もなく仕事探しの参考に街を歩く。
「金の英雄…」
噴水のある広場には伝説の金の英雄の銅像が建てられていた。
金髪に凛々しい顔立ち、鎧が似合う正義の象徴は、ヴェルノルト王国が誇る人物である。
この人物こそが、魔女を倒したのだ。
果たしてそれが真実なのか否か、そんな疑問は幼い頃から持っていた。
魔法なんてものが本当にあったなら__
そんなくだらないことを妄想しながら、ソフィアは再び歩き出す。
暫く、歩くと知らぬ間に森の前に立っていた。
周りは家も人もない。
ここがどこなのか、ソフィアはすぐにわかった。
_呪いの森だ
一度、好奇心で中に入ろうと来た覚えがある。
「…」
先入観からくるものなのか、森が放っているものなのか、威圧感を感じ取り唾をのむ。
それでも自然と足が前へ前へと進んでいく。
確かめずにはいられない。
きっとここに大切な何かがある気がしたから。
ソフィアは、ゆっくりと呪いの魔女が眠るとされる森の奥へ入っていくのだった。
◆◇◆
足を一歩踏み出す度に罪悪感か恐怖か。
そんな感情が汗となって滲み出る。
森に入って数十分、不思議なことに何も起きない。
空気はどちらかと言えば澄んでいて、植物も立派だ。
呪いの森のイメージはおどろおどろしい雰囲気に怪しい霧、植物は所々枯れている。そんな感じだったから安堵している。
やはり、ここに魔女が眠っているというのは子供騙しの嘘だったのだろうか。
さらに奥へと慎重に足を進める。
すると、ここに来て異変が起きた。
「わっ…!?」
光の粒子のようなものがふわふわと飛んでいた。
まるで生きているかのような光はソフィアに気づくとソフィアから逃げていく。
「ま、待って!」
ソフィアは迷わず光を追いかけた。
道無き道を無理やり突き進むが、 一瞬目を離した隙に消えていた。
辺りをぐるっと見渡してみるが、そこには当然何もいなかった。
一度手をかざしながら空を見上げてみる。
時間帯はおそらく昼過ぎと即座に判断すると_
「…よし」
そう口にするとソフィアは光が進んで行った方向に歩く。
引き返す選択肢は既になくなっていた。
ソフィアの胸の内には圧倒的な好奇心で埋め尽くされていたからだった。
数分後、特別体力がある訳ではないので休憩をする。
ゆっくりと座れそうなところに腰をかける。
ソフィアは手帳を取り出し、この森について気づいたことを次々とまとめていく。
まずは、あの光。
謎の光はソフィアが知らないだけの生き物なのか、もしくは魔女に関係のあるものなのか。
調べるのは大変だろうが、街に帰ったら図書館にでも行って図鑑でも見るしかないだろう。
気づいた点となるとあとは、森が綺麗なことだろうか。
最近まで人が暮らしていた、と言われても不思議ではない。
明らかに人工的に細工された切り株があって、その近くには倒木はない。
この森には長らく人は出入りしていないらしいが、光や風の通しをよくするために切ったと思われる場所が数カ所あった。
必ずと言っていいほど、この森は人による介入が施されている。
生態系もこの森の状態なら整っている、と考える。
「これなら川とかの水源があるはず」
いつもの調査癖がここでもか、と発揮してしまう。
ソフィアは立ち上がり水のある場所を目指す。
すると、木々の隙間から開けた場所が見えた。
その先にあったのは、鏡のように澄んだ湖だった。
しかし、それよりもソフィアが息を呑む光景があったのだ。
「…..ぇ?」
思わず漏れて出た声を抑えて、ソフィアはもう一度それに釘付けになった。
そこに居たのは独りの少女。 否、少女というには大人すぎる。
とても美しい女性が湖にいた。
正確には湖の上に__浮かんでいたのだ。
ふわりと風になびく長い銀髪を耳にかけ、湖面の中央へと歩き始める。
彼女の行動すべてが神秘的に見えてならない。
そして、動きが止まると例の光が現れた。
しかもそれは一つや二つではなかった。
無数の光は彼女の周りを舞うように浮かんでいる。
光に向けて彼女は小さく微笑んでから、祈りを捧げる。
その一瞬で、湖が突然光を纏った。
あまりに幻想的な光景にソフィアは息をするのを忘れるほど見入ってしまった。
こんなのまるで
_まるで魔法ではないか
この国において魔法は存在してはいけない。
魔法なんてただの作り話だ。
それだけは、信じて疑わなかった。
それが今、ソフィアの目の前で魔法を魅せられてしまえば、知りたくなるに決まってる。
まだ見ぬ世界に一歩を踏み出したような興奮でいっぱいのソフィアだったが、光が収まっていくと同時に彼女と目が合った。
「…っ!」
慌てて木の影に身を隠す。
心拍が速く、うるさくなっているのを感じながら深呼吸をする。
なぜ隠れたのか、本当に目が合ったのか。ソフィア自身にもわからかった。
呼吸を整えてから慎重に湖を見ると、そこには広がる波紋が映るだけだった。
「あれ…いない?」
立ち上がって湖の近くまで駆け寄る。
しかし、本当に近くに気配はなく、さきほどまでの光景が全て都合の良い夢だったのではないか。
そう思ったが、後ろから声が聞こえた。
「何を嗅ぎ回っているのかしら」
「っ!?」
長い銀髪、銀色の瞳。
呪いの魔女と同じ特徴を持つ女性が、冷たい声で話しかけてきた。
見るからに警戒されている、とわかった途端ソフィアは怖くなった。
震えるソフィアの手を見た彼女は、静かなため息を零した。
「…人間がこの森で迷子なんて珍しいこともあるものね」
呆れた、と小さく呟く。
近くで見ると、美しい顔立ちをしていることがわかった。
ソフィアは何か言葉を返さなければ、と必死に言葉を探す。
口をもごもごさせている間に、彼女が先に話し始める。
「ここは貴女のような人間が来ていい場所ではないのよ。ここがどこなのか、ご存知ないのかしら?」
「し、知ってます…!」
「あら、そう。じゃあ二度と入ってこない方が身のためよ」
そう言うと、彼女が指を鳴らした。
すると、次の瞬間。
景色は完全に森の外だった。