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#シークレットベビー
朝永ゆうり
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こはる
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はむ
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「この型番のバッテリーは廃番ですね」
「え?」
私は家電量販店で、口を開けたまま固まってしまっていた。
「もう二十年くらい前に生産終了したモデルですよね。周辺部品も五年前くらいに生産終了してます」
「……なんとか取り寄せできませんか?」
「一応、問い合わせてみますけど。それよりも新機種に買い換えはどうですか?」
「ああ……また来ます」
店を出て、スマホを取り出しメーカーのカスタマーセンターに電話をする。
「交換が必要なバッテリーや消耗部品は生産継続すると聞いていたのですが……」
「誠に申し訳ございません。その予定でしたが、ユーザー数の減少や材料価格高騰のため、やむなく廃番となりました」
事務的な返事しか返ってこない。
私は他の店も回ってみた。
夏の日差しが厳しい。
70歳に近い身体には歩くだけでも酷だが、仕方がない。
移動中も専門店や電子部品店など、様々な店に問い合わせを続けた。
大抵最後は「わかりました。もし入荷しましたら連絡ください」と言って電話を切る。
電車に乗り、有名な電気街へ行く。
無数の店頭で同じ相談をして、何度も不器用に頭を下げた。
疲れた……帰りの電車で思わず居眠りをしそうになる。
何とか二個手に入った。ECサイトでは三個注文できた。そのうち一つは海外産の互換バッテリーだった。使うのは最後の手段にしよう。
そんな事を考えながら家に帰る。
「ただいま」
返事はない。
風呂が沸いていて、着替えは畳んであった。
味噌汁の香りがする。夕食の準備も途中まで出来ているようだ。
私はリビングに置いてあるシングルソファを見る。
危なかったな。一日遅れていたらもっと慌てていた。
私は買ってきたバッテリーをUSBポートに挿し、入浴して汗を流す。
湯につかり目を閉じると、昔が思い出される。
妻に先立たれ三十年か。
色々あったようで何もなかった。
風呂から上がると充電が終わっていた。私はバッテリーを持ちリビングへ行く。
シングルソファで目を閉じて座る『彼女』の身体を起こし、背中にあるスロットを開く。
バッテリーを交換して『再起動』を押した。
ブゥーンとハードディスクを読み込む音が微かに響く。
『彼女』はハウスキーパーロイド『タイプADR026』。
容姿や声まで自由にカスタマイズできる人気機種だったが、肖像権や人格権を巡る社会問題となり廃番となった。今ではそのカスタマイズ仕様は禁止となっている。
若くして亡くなった妻からの最後の贈り物だった。
妻は自分の死期を悟ると生命保険の一部を前借りして、自分の容姿、喋り方、得意料理のレシピなどノート3冊分のデータをメーカーに送ってオーダーメイドした。
そして妻が亡くなって3ヶ月後に私の手元に届いた。
箱には彼女からの手紙が付いていた。
『壊れるまで浮気できないだろ♡』
妻からの最後の悪戯でもあった。
リブートが終わり『彼女』が目を開く。
「……おかえり」
「ただいま」
──
「ゆうくん、今夜は秋刀魚でいい?」
「いいよ」
バッテリーの寿命は大体二、三年か。これからは休み休み使わないとな。
そんな事を思いながらキッチンで秋刀魚を焼く『彼女』の背中を見ていた。
秋刀魚の焼ける匂いが部屋に広がる。
あの日から三十年。
今日も私は、「ただいま」と言える家に帰ってきた。
end
Respect for 江口寿史『KV-201XR』
コメント
5件
挿絵を見た時に「え?」となりました。びっくりしました、人間じゃなかった😳 妻からの最後の悪戯が、あと少ししか使えないなんて……。せめて残りの時間、幸せに過ごして欲しいです。
なんと、未来舞台のお話でしたか。普通に驚きました! 思い入れのある道具が修理不可能というだけでも切ないのに……あと2、3年かぁ……
みぅです🥀 読み終えたあと、しばらく動けなかった。 「ただいま」を返す相手がいるために、古いバッテリーを必死で探し回る主人公の姿が切なくて。 奥さんの最後の悪戯、笑えるようでいてじんわりくるね。「壊れるまで浮気できないだろ」って、ちゃんと彼のこと見抜いてたんだなあ。 秋刀魚の匂いとリビングの温かさが、逆に喪失の色を濃くしてる感じがした。 この静かな終わり方、すごく好きです。