テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ぺこら先輩〜!はいこれチョコレートです!」
朝。自室からリビングへ出れば、一緒に住んでいる恋人のヴィヴィから、1つの箱を差し出される。
「…なに、これ?」
差し出されたそれを受け取って、しばらく見つめても急なプレゼントに反応ができない。
寝起きの頭では考えることも出来ず、そのままチョコレートを受け取った体勢のまま、鞄になにか詰めて仕事の準備しているヴィヴィに問いかける。
「なにって……バレンタインですよ?もしかして忘れてました?」
作業を止め、こちらへ振り向いて答えてくれたヴィヴィの手には、他のホロメンにも配るであろうラッピングされたお菓子が見えた。
それから何も言わないぺこらに、ヴィヴィも何も返さず、また自分の作業へと戻る。
「バレンタイン…」
遅れて言葉に出して、まだ半分眠っている脳に送る。
そうか、今日は2月14日…バレンタインなんだ。
そう理解したあと、持っているチョコレートへゆっくり視線を移す。
さっきヴィヴィが鞄へ詰めていたお菓子とは違う。明らかに豪華で少し値を張りそうな……ハート型。
嬉しくて、照れくさくて、口元が勝手に緩む。
準備を終えただろうヴィヴィがそれに気づいて、近づいてくる。ぺこらの頬に手を添える。
少しだけ冷たくて、くすぐったい。
「手作りでは無いけど…ちゃんと本命ですからね」
そう言って額にちゅっ、とキスを落として、離れた。少しだけ寂しくなって、腕を引っ張ってもう一度ヴィヴィを抱き寄せる。
「わっ、ぺこら先輩?」
「ヴィヴィだいすき、仕事がんばってね」
目を合わせるのは恥ずかしいから、ヴィヴィの胸に顔をうめて。
ヴィヴィの香水の香りがぺこらを満たして、体温があがる。少しだけでいいから、香水の中に、ぺこらの匂いも混ざるようにとぐりぐりと首元に頭を擦り付けて離す。
「帰ってきたら、感想ちゃんと聞かせてくださいね」
「ううん、ヴィヴィちゃんと一緒に食べたい。ぺこらも用意しとくから」
「わかりました。早めに終わらせてきますね!」
そう言って玄関へ進み、いってきますなんて笑う彼女に行ってらっしゃい気をつけてね、と手を振る。
ガチャン、と扉が閉まって、遅れて頬を撫でた冷たい風が、先ほどまでそこにあったヴィヴィの温度を薄めていった。
「…用意するって言っちゃった」
幸いにも今日、ぺこらは休みだった。
少しだけ考えて、せっかくなら、手作りする事を決める。
そうしたならば、材料を買いに行かなくては、スラスラと何も無かった休日に予定が出来ていく。どこに行こうかな、何を作ろうかな。
久しぶりのお休みも、忙しくなりそうだけど、ぺこらの頬はあがったまま。無意識に鼻歌を歌いながら、顔を洗いに足を進めた。
近くのスーパーに来て、スマホをスクロールしながら材料を探す。
生クリーム、砂糖、卵、バター、薄力粉…レモン汁に、クリームチーズ。
「げっ、高っ…こんなにするんだクリームチーズ」
値札の表記をみて、思わず声が出る。
バターでも高いと感じたのに、同じ量で数百円ほど高い。
まあでも仕方ない。これでヴィヴィちゃんの笑顔が見れるのなら、このくらい、どうってことない。
作るのはチーズケーキ。
どうせなら、一番喜んでくれるものを。そうレシピを次々スクロールしていた時、チーズケーキのページで、自然と指が止まったのだ。
ヴィヴィが好きな食べ物は、チーズ。
ちょうどいいぺこじゃん。
ほぼ即決だった。気づいたらメモアプリを立ち上げていて、ヴィヴィちゃんが笑う顔ばかり、浮かんでいた。
家に帰ってきて、エプロンの紐を結ぶ。
昨日のヴィヴィの配信の流しながら、材料を混ぜ合わせる。
順番に気をつけて、量は正確に。
流し込んで、オーブンで焼く。
焼き上がるまで、片付けをする。
洗い物をしている時、横目に流していたヴィヴィの鋭いツッコミが走る。
…ぺこーらは配信、どうしようかな。
チーズケーキはもうほぼ完成。
焼き上がるだろう時間と、ヴィヴィちゃんの帰宅時間を考えても、配信できる時間は充分にある。
せっかくなら開こう。
みんなにも、チーズケーキが上手く作れたって聞いて欲しいし。クリームチーズがあんなに高いなんて知らなかった、って話もしたいし。
それに今日は、少しだけ浮かれているから。
・
・
・
「それではみんなー、おつぺこでした〜 !!」
「ふぅ…」
カチ、カチ。
マウスを操作して配信を終了する。
時計の針は、ヴィヴィが帰ってくるまで、あと1時間前を示す。
「夜ご飯つくろう」
今思えば、お菓子じゃなくて料理でも良かったなと考えながら、キッチンへ移動する。
冷蔵庫を開けば、真ん中にはチーズケーキがキラキラと存在感を放っている。
…喜んでくれそうかな、
ふっと頬が緩む。
喜んでくれる顔を想像したら、さっきの考えなんて、どうでもよくなっていた。
「よし。」
もう時計の針は、帰ってくるはずの時間を通り越していた。
まだその扉からヴィヴィが笑顔を覗かせることはない。
でも料理は予定より遅れて完成したから、ヴィヴィも遅れていることが、少しだけありがたかった。
お皿に盛り付けて、机に並べるのは早いかな───なんて悩んでいた、その時。
ガチャリ、と音が響いて、大好きな声が空気を揺らした。
「ぺこら先輩ただいま〜!!」
「ヴィヴィちゃんおかえり。ご飯できてるよ」
「え〜!めっちゃええ匂いする!ハンバーグ?」
「そう。チーズインハンバーグ」
「絶対美味しいやん!いやぺこら先輩の料理は全部美味しいねんけどな〜!ハンバーグうれしっ♪」
「あと並べるだけだから、ヴィヴィちゃんは着替えてきな」
「はーい♪」
鼻歌を歌いながら、部屋へ向かった背中を眺めて料理へ視線を戻す。
料理を机に並べていく。全て並べ終えてから先に椅子へ座って、ヴィヴィちゃんを待つ。
少ししたら部屋から着替えたヴィヴィちゃんが出てきて、ぺこらの向かいへ腰を降ろす。
ふたりで手を合わせて、いただきます。と口に出す。ハンバーグを一口食べたヴィヴィの顔が、ぱっと明るくなる。
美味しい!なんて、子供みたいに嬉しそうに笑うから。
それだけで、作ってよかったと思えた。
ふたりでご飯を食べ終えて、片付けはヴィヴィがするよ!と率先してくれたから洗い物を任せた。
その間にヴィヴィから貰ったチョコレートを取ってきて、リビングのテーブルの上に置く。
朝も見たけど、やはり、そんなそこらで売っているようなチョコレートじゃない。
ちゃんとした、高いやつ。ヴィヴィはこういう贈り物のセンスがいい。毎回驚かせられる。
「…あ!チョコレート一緒に食べるんですもんね」
洗い物が終わったのか、ニコニコと近づいてきてぺこらの隣に遠慮なく座ってくる。
その距離は出会った頃からずっと変わらず近いまま。
「うん。それとぺこーらからのも」
その言葉に、ヴィヴィの視線はぺこらへ向く。
目がキラリと輝いて、まだ見せてもいないのに嬉しそうだ。
「持ってくるから」
「はい!」
冷蔵庫の前で足を止める。
1回だけ深呼吸をして、開く。
チーズケーキを取り出して見つめれば、うえにハートでも書けば良かったか、なにか他にもオシャレなトッピングとかした方がよかったか、なんて今更少しだけ後悔して。
落とさないように、ヴィヴィの前まで運ぶ。
「わあ!チーズケーキ!!手作り!!」
「うん」
「美味しそう〜!上手ですねほんま凄い」
ヴィヴィは、キラキラとした瞳でチーズケーキをみて、ずっと褒め言葉を呟いている。
フォークを手渡せば、小さく切って口に運ぶ。
「…おいしい!」
「ほんと?よかった」
ヴィヴィはもう一口食べて、味わうように咀嚼して、また美味しいと呟く。
その横でヴィヴィから貰ったチョコレートを開けて、ぺこらも1粒口へ運ぶ。
ヴィヴィはフォークを置いて、ぺこらに笑いかけた。
「実は、配信見てました」
「え?」
「休憩時間に少しだけ、見てて、クリームチーズが高いって話してましたよね」
思わず固まって、何も言い返せない。
口の中のチョコレートはぺこらの体温と、唾液で静かに溶けていく。
ヴィヴィちゃんがくれたチョコレートには、どれだけみても値段表記などない。
だけれど絶対にちゃんとしたお店の、高いやつ。
クリームチーズ1つで高いなんて零していた事を知られるのは、少しだけ、胸の奥がそわつく。
「ヴィヴィの為に、チーズケーキを選んで作ってくれてるのかなって思って、お仕事頑張れたんです。」
嬉しそうに笑うヴィヴィ。
胸がキュッと暖かくなって、心を満たした。
───好きだなぁ、
「ヴィヴィ、こっち見て」
思わず距離を詰めて、肩へ手を置く。
こちらに向かい合わせて、驚いて丸くなったそのぺこら色の瞳を捕まえる。
「好き」
優しく唇に触れた。
軽く触れるくらいのキス。だけどすぐにヴィヴィちゃんから2回目が重ねられて。
さっきより少し長い。離れたあと、次はまたぺこらから。ヴィヴィちゃんの唇の形を確かめるように。そっとなぞったり、吸い付いたり
だんだん深くなって、どっちからかも分からないまま、舌を絡めていた。
呼吸が苦しくて、だけど気持ちよくて。
名残惜しいけど1回唇を離して。
口の中には、チーズケーキの甘い味が広がっていた。
「チーズケーキ、甘いね」
「チョコレートも甘いです」
チョコレートも。チーズケーキも。
それよりもなによりも、今この瞬間が、一番甘い。
ふふ、っとヴィヴィが笑う。
唇の代わりに、額をくっつけて、そこから2人の体温が溶けて、同じになっていく。ヴィヴィから香水の香りがふわりと届く。そこに、ぺこらが確かにいる気がする。
気づかないうちに、手を握っていて、ヴィヴィも握り返している。
「ぺこらせんぱい」
いつもより甘い声。高い体温。まだ乱れたままの呼吸。赤い頬。熱を持った瞳。
───ああ、可愛いなこいつ
「ヴィヴィ」
名前を呼んで、また唇を重ねる。
チーズケーキも、チョコレートも、分け合って混ざって溶けていく。
甘い匂いに、甘い味。すっごく甘くて溺れそうだ。だけど、今日はバレンタインから、そんな日があってもいいかな、
テーブルの上には、まだ食べかけのチョコレートとチーズケーキ。けれど今は、どちらも必要なかった。
今はもう、それ以上に甘いものを知ってしまったから。
ぺこらは、目の前のヴィヴィだけに、溺れていった。
───今日という甘さを、手放したくなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!