時間が、ゆっくりと流れていた。
部屋には優しい灯りだけが灯っていて、ふたりの間には、何も言葉がなかった。
勇斗は仁人の手を、そっと取る。
細くて、ひんやりとした指先。
『……』
その指に、もう片方の自分の指を重ねるようにして、絡める。
キュ、と力を入れて結ばれる、掌と掌。
そのまま、勇斗は体を少しずつ近づけた。
まるで、相手の逃げ場を奪うように。
気づけば、仁人の肩の上に勇斗の影が落ちる。
仁人は何も言わない。
ただ、顔を横にそらして、ほんの少しだけ首をすくめた。
「…………」
頬は真っ赤だった。
拒まれてはいない。
それは明らかだった。
『……仁人』
仁人は、答えない。
けれど、指はまだ握り返されたまま。
『ごめん』
勇斗は囁くように言いながら――その唇を、ゆっくりと、仁人の唇へと近づけた。
くちびるが、そっと触れる。
驚きに目を見開いた仁人のまつげが、震える。
それでも仁人は、動かなかった。
拒みもせず、突き放しもせず、ただ、頬をさらに赤くして目を伏せるだけ。
(こんなふうに…誰かに触れたの、初めてかもしれない)
勇斗は、静かに目を閉じた。
ただ、一度だけ触れるように――やさしく、確かに。
長くも短くもない、けれど心に深く残る、そんなキスだった。
離れたとき、仁人は目を合わせなかった。
「……ながいです」
その声に怒りはなくて、むしろ、どこか泣きそうなほど揺れていた。
『……好きになっちゃいそう』
「……なってないの?」
『なりかけてたけど、もう確定かも』
夜が深くなるにつれて、ふたりの関係もまた――
静かに、でも確かに、ひとつ深まっていた。
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