テラーノベル
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冷たい夜風が、研究棟の屋上を抜けた。
遠くでサイレンが鳴っている。怪獣出現の警報――それは日常の一部になって久しい。
けれど鳴海弦にとって、この夜ほど静寂が痛いことはなかった。
「……また、行くのか。」
背中越しに問いかける声。
振り向かずとも、そこに立つのが保科宗四郎だと分かった。
夜の光に銀の髪が揺れ、風が二人の間をすり抜ける。
「命令や。行かんわけにはいかん。」
短く答える保科の声には、ためらいがあった。
それを悟った鳴海は、煙草を指で弄びながらため息をついた。
「……帰ってこれる保証、あんのかよ。」
沈黙。
ただ夜が深く沈み、遠くでまた警報がひとつ重なる。
「弦、」
保科は静かに近づき、鳴海の隣に立った。
「もし俺が帰って来んかったら、どうする。」
「バカ言え。そんな話、するな。」
声が震えるのを、鳴海は抑えきれなかった。
指先の煙草が風に消え、代わりに彼の手を掴んだのは、保科の温もり。
「俺、ずっとお前に助けられてきた。任務でも、心でも。」
保科は微かに笑う。
「せやから、今度は俺が前に出る番や。……守らせてくれ。」
「そんなの、頼んでねぇよ!」
鳴海は怒鳴った。
けれどその声は、悲鳴に近かった。
涙が視界を滲ませる。
保科の笑顔が揺れて見えた。
「弦。」
その名を呼ぶ声は、夜に溶けた。
唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬。
それでも確かに、二人は恋人だった。
──それから五ヶ月。
保科宗四郎は、消息を絶った。
鳴海は狂ったように働いた。
眠らず、食わず、怪獣を斬り、倒し、壊した。
心のどこかが欠けたまま、戦い続けた。
仲間たちは心配したが、誰も止められなかった。
あの夜、屋上で交わした最後の言葉が、何度も鳴海の頭をよぎる。
「もう一度、ここへ帰ってきて。」
あの言葉を言えば良かったのに。
それだけを、言えなかった。
──そして、五ヶ月後。
任務の報告書に、ひとつの名があった。
「保科宗四郎、生存確認。」
鳴海は息を呑み、報告書を握り潰す勢いで走り出した。
胸が張り裂けそうだった。
もう会えないと思っていた。
それでも――
信じていた。
瓦礫の中、仲間が担ぎ出してきた担架の上。
包帯だらけの保科が、かすかに笑っていた。
「……久しぶりやな、弦。」
鳴海は膝をつき、震える手でその頬に触れた。
冷たい肌。けれど、生きている。
涙が次々にこぼれた。
「バカ野郎……帰ってくんなら、もっと早く帰れよ……!」
保科は微笑んで、掠れた声で囁いた。
「……言うたやろ。俺は……帰ってくる、って。」
鳴海はその手を握りしめた。
もう二度と離さないと、心に誓った。
夜が明けていく。
空が少しずつ青く染まり、風が静かに二人の間を撫でた。
血と灰の匂いの中で、それでも確かに、希望の匂いがあった。
──あの屋上に、また戻ろう。
二人で笑って、くだらない話をしよう。
鳴海は、保科の耳元でそっと囁いた。
「おかえり、宗四郎。」
あいするひとへ
お前が居てくれるだけで十分だ。
お前が褒めてくれるから俺は頑張れるんだ。
お前がそばで笑っていれば俺は幸せになれる。
だから
Come back here again
もう一度、ここへ帰ってきて
ー完ー
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