「地獄巡りバスツアーの後に、すっ飛んで来たからなあ……腹減った……地獄に食べ物なんてあるわけないぞ」
俺はリュックサックの中にある最後の菓子パンを、昼間にバスの中で食べてしまったことを悔やんだ。
「うん? 何か聞こえる??」
暗い洞窟の奥は、相変わらず風の音が凄まじい。
けれど、人の足音が聞こえた。
だが、どう聞いても靴の足音じゃない。
まるで、素足で歩く音だった。
ヤバいかな?
戻って、元来た道を逃げるか?
そう思った時に、向こうから人を呼ぶ声のような……。
「あの。こんにちはー、こんにちはー、そこに誰かいるんですよね?」
いや、確かに人の声で誰かを呼んでいた。
ひょっとして、俺のことを?
だとしたら、御先祖様とかかな?
それも女の人の声だ。
「あ、ああ……こんにちは」
俺は女の人の声に緊張感が抜けると同時に呆れたが……驚いた。
その女の人は提灯片手の巫女姿だったからだ。
巫女??
俺は仄暗い洞窟の中で、提灯の明かりに照らされた巫女の顔を見つめた。
長い黒髪で綺麗な人だが、どこか幼さが残る可愛らしい顔。
背は俺に比べて少しだけ低かった。
「こんにちは?? って、え? もうそんな時間なのかよ?! 俺はてっきり……深夜か早朝だと思ってたぞ」
「え? あ。こんにちはなんて、確かに変ですよね。適当に言ったまでですので、お気になさらないでくださいね。それにしても、生きている人がここへ来るなんて、本当に珍しいですね」
「え? あ、あの。巫女さん! ここは地獄ですよね! 俺……! 俺……! 死んだ妹を探すために地獄を探しています!」
「はい。そうなんですか?」
「……背が低く。可愛らしいショートカットの女の子なんだ。名前は弥生。きっと、冤罪なんだ!」
「はあ、人魂はたくさんお見掛けしているので……なんとも……でも、そうですね。ここは地獄ですよ」
とぼけているようでもなく。
その巫女は至って真面目な様子だった。
俺は急に身体が震えだした。
けれども、ここに妹がいるはずなんだ!
そう思って勇気を出すと、恐怖が吹っ飛んだ。
「そうか、良かったー!! 俺は勇気。名前は火端《ひばた》 勇気っていうんだ。妹も火端だ。八天街の神社からここへ来た」
「はい! 私は音星《おとぼし》 恵です。へえー、そうなんですか。妹さんのために。私は青森県の恐山菩提寺から来ました。恐山菩提寺は下北半島の霊場・日本三大恐山の一つにあるんです。そこでは死者の供養と、イタコの口寄せを開く場所になっていて。私は、その恐山菩提寺から死者の弔いのために地獄を旅しているんですよ」
けれども、よくこんなに凄まじい風の中なのに、提灯の火が消えないもんだな。
洞窟の中の風は未だに強烈に吹いているのに。
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