テラーノベル
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小ぢんまりした庭付き平屋の日本家屋前の空きスペースに、羽理の指示で車を停める。
車窓に映る姿でネクタイを軽く締め直して気持ちを引き締めた大葉は、後部シートから手土産の『あんころポーネ最中』の袋を手に取った。
紙袋の持ち手を握る手に力がこもってしまうのは、今から羽理の親御さんへ結婚の申し入れなどをすると思えば仕方がないだろう。
何度も繰り返し深呼吸をしつつ、羽理とともに玄関前までたどり着いたのだけれど。
「たっだいまぁー♪」
羽理の方は勝手知ったる実家だからだろうか。大葉が「あ、おい! チャイム!」と声を掛ける間もなく、玄関扉をガラガラーッと引き開けてしまう。
(っていうか鍵!)
田舎あるあるなのかも知れないが、引き戸が施錠されていなかったことに(女性の二人暮らしじゃないのか?)と不安を覚えてしまった大葉だ。
だが、そんな大葉の心配などどこ吹く風。
娘の声に「はーい、お帰りなさぁーい」とこれまた緊張感のない声が家の中から返ってきて、パタパタとスリッパを鳴らしながらショートカットの中年女性がふわふわの真っ白な毛玉を抱いて玄関先まで走り出てきた。
おかげさまでというべきか。大葉は羽理に手を伸ばした間抜けな格好のまま、愛する彼女の母親と初めましてをする羽目になってしまう。
「あ……」
あまりの急展開に気持ちがついていかなくて、思わず言葉に詰まった大葉とは真反対。羽理の母親は嬉しそうに目を真ん丸にして大葉を見詰めてくる。そうしてすぐさま、「まぁ! もしかしてあなたがうーちゃんの!?」と、羽理によく似たアーモンドアイをパチクリさせながら身を乗り出してくるではないか。
「もぉ、お母さん、いきなり距離削り過ぎっ! 大葉が固まっちゃったじゃん!」
「えー!? だって思ったより何百倍もハンサムさんだったんだもん! お母さんだって間近でじっくり見たいわよぅ!」
情けない話だが、羽理がワンクッション入れる感じに割り込んでくれたことで、大葉は母親の視線が自分から外れて、やっと呪縛が解けたように身動き取れるようになった。
「あ。――えっと、申し遅れました。わ、わたくし、お嬢さんとお付き合いさせて頂いております屋久蓑大葉と申します」
それでしどろもどろ。何とか自己紹介をすることができたのだが――。
「まぁまぁご丁寧に。……私はその子の母親の荒木乃子と申します。――で、この子が……」
名乗るとともに手の中の白いふわふわを目の前へ突き出された大葉は、思わず〝それ〟を受け取ってしまう。
「ジャジャーン♪ 今日屋久蓑さんが来訪なさった目的のメインっ! ふわふわ白猫の毛皮ちゃんでーす♪」
羽理そっくりの口調で「ジャジャーン!」という効果音付き。急に真っ白な毛玉――もとい〝毛皮ちゃん〟を抱かされた大葉は、猫らしく人見知りを発揮した彼女(彼?)に引っ掻れて逃走! されることを覚悟したのだが――。
(ちょっと待て、何でだ!)
予想に反してゴロゴロと喉を鳴らして嬉し気に大葉のあご下へ顔をすり寄せてくるではないか。
ずっしりと重量感のあるボディに、べちゃっと潰れて見える微妙なお顔立ち。猫、と呼ぶには余りにもちんちくりんなその面貌は、ちょっぴり居間猫神社の猫神様を髣髴とさせられる。
大葉は、毛皮にスリスリされながら(なんて神経の図太い猫なんだ! この家にしてこの猫ありか!?)などと思わずにはいられない。
「人懐っこくて可愛いでしょう、毛皮♥」
そんな大葉の横で、羽理が嬉しそうに腕の中の猫を撫でさするから。
「あ、ああ」
心とは裏腹。「……可愛いな」と心にもない返しをしてしまった大葉である。
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