小学校3年生。
サイクリング自転車が流行っていた。
流行ってたのは、自転車なのに、方向指示器だのストップランプだのの電飾がついたやつ。・・・・あと、スピードメータ—もついている。
もう一方で、細いタイヤとか・・・軽量化に徹したスポーツモデルのサイクリング車。
ボクが欲しかったのは、もちろん「電飾組」・・・・だって、トラック野郎そのまんまや。
もう、ほしくてほしくてしょうがなかった。
小学校。教室。休み時間。
ボクは、少年ジャンプの裏表紙に載っている「電飾組」サイクリング車を見てはタメ息ついてた・・・・
「カズ、今日、学校終わったら来いや~」
いとこのゴン・・・権之助・・・・同じ野球チームの・・・が、オアズケから解放された犬みたいな顔で言う・・・メッチャ幸せそうな顔やん。
な、なんや、こいつ・・・意味わからへん・・・
「今日、来んねん、今日・・・」
・・・お尻でシッポがプルプルしているのが見えるようや。
「・・・そうか・・・そうか・・・そうか!」
とたんに、ボクのシッポもプルプルしだした。
・・・・ゴンはこの前の日曜日、両親と自転車屋へいってサイクリング車を買ってもらってた。
もちろん電飾組や。それが今日届くんや!
放課後、ボクはランドセルを家に置くと、すぐに自転車に飛び乗り、ゴンの家に走った。
ゴンの家まで自転車で5分くらい。
シャッターのついた車庫のある一戸建て。
・・・・そのシャッターの前に、同じクラスの境と岸田もおる。
そこに、パンパカパーンと音が鳴ったようにシャッターが開いた。
ゴンがメッチャ幸せそうに、電飾サイクリング車と共に登場する。
ハンドルに着いている方向指示器のスイッチを入れる。
電飾の光が流れる。
「うぉ~~っ!」
ボクたちは声にならない声を上げた。
ゴンがサイクリング車に乗り、3人はそれぞれの自転車で後を追いかける。
曲がるときの方向指示器。止まる時のストップランプ
・・・かっちょええー!
急にゴンのスピードが上がった。ギアを入れ変えたんや。ぜんぜん追いつけへん。
ゴンの家でおやつを食べて、ボクたちは「チャボ」に餌と水をやった。
ゴンの家の庭には、大きな鳥小屋があって・・・・・動物園の鳥小屋みたいなやつ・・・・、そこに「チャボ」が数羽飼われていた。餌やりと水汲みは、ゴンと、ゴンの兄ちゃんの役目になっていた。それをボクたちは手伝った。
チャボは、学校にいるニワトリとは違って、けっこう攻撃的なんや。早くエサをくれと、足にまとわりついて突いてくる。
綺麗な羽のオスが、木の上から威嚇するような鳴き声を上げてる。
・・・・1羽のメスが、集団から少し離れてボクを見てる・・・・ように感じた。・・・・こいつはおとなしいぁ・・・・
「花子は、もう、おばあちゃんやからなぁ・・・・」
ゴンが言った。
・・・・ボクは花子にだけ届く場所にエサを投げた・・・・嬉しそうに黙々と食べる。
また投げる。花子が食べる。
・・・・か・・・かわいい・・・・
「ギアってあんなんになるんやなぁ…・・」
ボクは、5段変速と書かれていたギアの意味を今日の今日まで知らなかった。
「そうや、そやから、坂道とかもメッチャ楽なんや」
お腹が空いてきた。日が暮れてきた。
・・・もう、ここへきてボクの「サイクリング車欲しい熱」は、最高潮になってきた。
サイクリング車を買うことは、母さんにあっさり認められた。・・・もともとボクが乗ってたのは子供用の自転車や。小学校入学前から乗ってたやつ。だから、もうだいぶ小さい。
・・・・問題は、何を買うか、やった。
サイクリング車は「電飾組」と、速さ、スポーツを追及した「本気組」とに真っ二つに分かれる。
「電飾組」はナショナル自転車が筆頭で・・・・なるほど「電飾」やからナショナル電器なんよな・・・・「本気組」の筆頭はブリジストンやった。
んで、スポーツ車の究極には「ロードマン」というドロップハンドルの本格派があった。けど、そいつは、まだ、小学校3年生には早すぎる。
母さんの考えはスポーツ車やった。「電飾組」なんか、いかにも子供好みのやつで、すぐに飽きる。
・・・まさか、中学生になっても電飾をつけているわけにもいかへんやろ?ってな話やった。
じっさい、電飾は、電池で動くわけで、しかも、自転車は外に置いとくことが多い。だから、雨にも濡れるわけで、すぐ悪くなってしまうらしい・・・・
でも、それは大人の理屈。子供のボクに通じるわけがあらへん。
こいつだけは絶対譲れへんかった。
日曜日。
なんやかんやと言いながら、我が家のスカイラインで自転車屋へ行った。
自転車屋の店内。
壁には色とりどりの自転車が掛けられ飾られてる。
「・・・・あった!!」
その中の一台。
目の前に、夢にまで見た・・・・ホンマに夢にまで見たナショナルの電飾自転車があった。
・・・・でも、敵も諦めへん。説得を続けてくる。
何度説得されても無駄や。母さんに何を言われても、
「これがええねん!これがええねん!これがええねん!これがええんや!・・・・」
・・・・・そんな母さんとの言いあいをよそに、弟を抱いた父さんが、一台の自転車をじーっと見ていた・・・
そして言った。
「カァ、これにせいや」
父さんが壁の一台を指差した。なんてことはない、電飾のないスポーツ車や。「嫌じゃ!」即答しようとした・・・
「カァ、これ見てみい、何かわかるか?」
父さんの指さす場所・・・後輪の中心に円盤状のものがついてる。
「わからへん・・・」
「これはな、ブレーキや・・・」
他の自転車をみても、こんな物はついてない。ブレーキといえば、車輪を両側から、ゴムのパッドで挟む物やと思ってた。
じっさい、他の自転車のブレーキはみんなそれやった。
「これはな、ディスクブレーキゆうてな、車用のブレーキと一緒や。そやけど、車でもな、このディスクブレーキゆうのは、スポーツカーにしかついてへん。フェアレディZや、セリカや・・・・そんなカァの好きな、カッコええ車だけについてるブレーキや」
「ディスクブレーキか・・・・」
・・・・ボクは「電飾組」を脱退した。
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