コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『暁』と『血塗られた戦旗』の抗争は一進一退の攻防を繰り広げていた。
『黄昏』北部で行われた会戦は、『帝国日報』によって大々的に報じられた。内容は『ボルガンズ・レポート』の強い意向により『暁』有利なものとなっていたが、『エルダス・ファミリー』に続き『血塗られた戦旗』とまで渡り合う新興勢力『暁』に対する注目が集まっていた。
この状況に強い不安を覚える男が居た。『ターラン商会』のボス、ピーター=ハウである。
内紛によってマーサ一派を追い払い『ターラン商会』を手中に納めたまでは良かったが、マーサ達を取り逃がしたため有能な人材を一気に失う。
更にシャーリィから『敵』として認識されたため『暁』との取り引きを一切を断ち切られた。
最も収益の高かった『暁』産の農産物や紙、石鹸などの品が一切入らなくなった『ターラン商会』は急激に売り上げを落としていた。
当然これを面白く思わない人物も居る。『ターラン商会』を使って貴族界隈で人気の農産物を独占しようと企んだガズウット男爵である。
ガズウット男爵は帝都にある『ターラン商会』支店を訪れてピーター=ハウ会長と密会に望んでいた。
人払いを済ませた貴賓室には、眼鏡を掛けた小市民的な男、ピーター=ハウが恐縮しつつ対応に当たっていた。その対面に座っているのは、ガズウット男爵。
恰幅の良い体躯に髭を伸ばした中年の男。ガズウット男爵家は元は商人であったが、大金を献金して爵位を得た家である。それだけに金に関しては鋭い嗅覚を持ち合わせていた。
「会長、どうなって居るのかね?明らかに利益が落ちている。それも、急激にだ」
「はっ、はい。申し訳ございません。直ぐに状況を改善しますので!」
「一年前からその言葉を聞いている。君が焚き付けた『血塗られた戦旗』だったか?『帝国日報』を見たかね?大敗したそうじゃないか」
「そっ、それは……」
ピーターとしても『血塗られた戦旗』の大敗は頭を悩ませる問題であった。
売り上げ激減の問題を根本的に解決するために、『黄昏』を奪うため『血塗られた戦旗』を動かしているが、一年待った挙げ句の大敗は彼に深い焦りを与えていた。
「まあ良い。傭兵などを頼りにしたのが間違いであろう」
「はっ、はい。仰る通りで」
「君には期待しているからな、少しだけ私も手を貸そうじゃないか。|領邦軍《りょうほうぐん》を動かそう」
「なんと!」
領邦軍とは、帝国貴族が独自に保有することを認められた私兵である。
その装備や質は千差万別であるが、纏まった数を自由に用意できることが利点であった。
「しかし、シェルドハーフェン方面への投入は問題があるのでは?」
「心配は無用だ。南部閥を率いるアイワット公爵は、日和見だ。相応のものを用意すれば黙殺していただける」
「しかし、レンゲン女公爵様がお許しになるか……」
ガズウット男爵は帝国西部に力を持つレンゲン公爵家の派閥に属している。
「女公爵閣下には先のスタンピードで民が脅かされた事態を鑑み、私が私財をなげうって支援するとお伝えする」
「なるほど、そうなればガウェイン辺境伯様への牽制にもなりますな」
シェルドハーフェン一帯を治めるのはアイワット公爵家の派閥に属するガウェイン辺境伯であり、レンゲン公爵家とは対立関係にある。
「無論相応の金が必要になるが……」
ガズウット男爵はピーターに下衆な視線を向ける。
「もちろん、我が商会がご用意させていただきますとも」
「うむ。領邦軍を使い『黄昏』を保護する名目で手中に納める。万が一反抗的な態度を示したら、押し潰してやるわ。その後は、わかっておろうな?」
「はい、販路開拓のために尽力して下さったガズウット男爵様には相応のお礼をさせていただきます」
「それで良い。準備には少しばかり時を要するが、問題はあるまい。会長は成し遂げた後について考えておくように」
「ははっ、抜かりなく致します」
それから数日後、ガズウット男爵に不穏な動きがあることを察知したガウェイン辺境伯は、匿名でシャーリィに事態を知らせた。
「やはり厄介事になりますか」
「貴族様を相手にするんだよな?策はあるのか?お嬢」
『大樹』の下で報告を受けたシャーリィは、ベルモンドを伴って館へ向かう道中に言葉を交わす。
「対応を誤れば、レンゲン公爵家を敵に回します。出来ればもう少し力を蓄えてから事を成したかったのですが」
「考えがあるんだな?」
「私の身分を明かして、レンゲン女公爵様に協力を仰ぐのです。もちろん、ガズウット男爵のこれまでの不正を明らかにした上で、です」
「そりゃまた。上手くいくのか?」
「いかなければ潰されます。幸いレンゲン女公爵様は話の分かる方ですよ」
「女傑なんて話を聞くが?」
「幼い頃に何度かお会いしているので、豹変でもしていない限り信頼できる方です。ついでに身内ですからね」
「身内なのか?」
「はい、お祖父様の妹様がレンゲン公爵家に嫁ぎまして、その娘様がカナリア様ですから」
つまりシャーリィとカナリア=レンゲン女公爵は従姉妹の関係となる。そもそもアーキハクト伯爵家もレンゲン公爵家の派閥に属していた有力貴族である。
「へぇ、随分と有利なカードを持ってるじゃねぇか。使わなかった理由があるんだろう?」
「出来ればもう少し、シェルドハーフェンの『会合』の仲間入りを果たしてからにしたかったのですが」
「大きな目標だな?まあ、お嬢ならやり遂げられるんだろうけど。なにが問題なんだ?」
「簡単な話ですよ。カナリア様の派閥に近付くと言うことは、私の正体を明かすことになります。アーキハクト伯爵の遺児が生きている。こんな情報を知れば、跡目を継いだルドルフ叔父様や黒幕は面白くないでしょうね」
まだシャーリィが物心も付かない幼子ならば見逃されたであろう。
だが当時彼女は九歳で、自我は確立しており、事件の事を詳細に覚えている可能性が高い。
当然生存を知れば排除に動くであろう。それ故にシャーリィは強い組織作りに腐心しているのである。
「間違いなくお嬢を消しに来るな。しかもここはシェルドハーフェン、やり方は幾らでもある」
「だからある程度強い組織を作るまで秘匿にしたかったのです。しかし、ガズウット男爵が実力行使に出るなら最早迷ってはいられません」
「なるほどな、厄介事ばかりだ」
「それが私の人生だと諦めますよ」
肩を竦めるベルモンドを横目にシャーリィは前を向いて歩く。
『暁』結成から四年。悲劇の夜から九年。遂に彼女は貴族社会の闇へと踏み込むことになる。
それは、黒幕へと繋がる道であると同時に長く険しい道程であった。