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「あー、やっぱそうなんですね。その時っていつもの子じゃなかったんですかね?」
恐らく、宅配業者のドライバーと話ながら真衣香の視線に気がついた坪井が、顔をほころばせ何度も頷いて見せた。
その笑みの理由も、頷いてみせる理由も、いまいちわからない。
首を傾げるが、坪井はそのまま電話を続ける。
「その社員証の紐って、赤でした? あー、そっか。はい、わかりました。いえいえ。こっちこそ忙しい時にすみませんでした、ありがとうございます」
そこで通話を終えた坪井が、真衣香と川口の近くに戻る。
「川口さん。この伝票ナンバーの荷物、よそに誤着してたんですって。昼からの便でこっちに到着してから、配達してくれたって」
「は? だから何」
「立花が11時頃にまとめて受け取ってくれてる荷物の中には、川口さんのプロモ用のサンプルはなかったですよってこと」
笑顔のまま飄々と答える坪井に、川口の怒りが復活してしまう。
「いつ届いたかじゃねぇだろ!朝でも昼でもこの女が受け取って、その荷物はないままじゃねぇか!」
「いや、だからちょっと落ち着いて聞いてくださいって」
まだ何か言いかけてる坪井の声を遮って、次に「あんたもだよ!」と、すぐ近くにいる真衣香のことを見た。
「男頼ってだんまりしてんなよ、自分で何にもできないのか?見てるとイライラするんだけど」
ピクッと肩を震わせるのみで、何も言葉を発しない姿。それを見て苛立ちがピークに達したのか、川口は坪井の脇をすり抜け真衣香の腕を掴む。
「……痛っ」と、迫力から思わず声が漏れた。その様子を目で追っていた坪井の顔から、貼り付けたままだった笑みがさっと消えたような気がした。
「触んなって」
川口の手を払い除け、低い声が、やけにフロア内に響いた。
「怖がってんだから怒鳴るなって言ってんですよ、さっきから。伝わってません?」
突然豹変した声色に川口がぐっと何かを堪えるように黙り込む。
それを確認し、満足したのか。
坪井は説明を再開する。
「えーっと、その後16時半、そのFAXの配達完了時間っすね。誤着分の配達に来てくれたみたいですよ。いつもの女の子ではなく、赤い紐の社員証を首から下げた女の子に荷物を渡した、と言ってます。担当ドライバー」
「え?赤い紐って……」
真衣香の隣で驚いたように声を出したのは小野原だ。
真衣香の会社は、部署ごとに社員証の紐の色を分けている。赤は営業部だ。
真衣香は自分の首からぶら下がる黄色い紐に触れた。
「ってことで、多分、このフロアのどこかにありますよ、サンプル。捨てるまでの覚悟はないんじゃないかなぁと思うんで」
坪井は、川口の耳元でこっそりと呟く。
真衣香や小野原にはギリギリ届く声の大きさだ。
「あー、ちなみに印鑑はいつもの女の子のものだったけど特に確認せず渡したって。まあ、そりゃそーだよね。同じ会社なんだし問題ないはずなんだけど」
この騒ぎを眺めるギャラリーに、聞こえないようにしているのかもしれない。
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