テラーノベル
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「君の価値は、僕を斬ることで証明されるんだろう?」
その言葉は、優しさを装った最上の拒絶だった。
師匠の教え、両親の遺志、鬼狩りとしての矜持。
それらすべてを肯定するなら、私は今この場で、目の前の男の首を跳ねなければならない。
それが正しい「あざみ」の在り方なのだと、突き放されているようだった。
「……っ、ふざけないで」
私は震える膝に力を込め、地面を這うようにして立ち上がった。
指先は凍えたように冷たいのに、視界だけが涙の熱で歪んでいる。
「私の価値を……勝手に決めないでください!」
私は腰の『薊丸』を抜き放った。
キィィィン、と
夜の静寂を切り裂く抜刀音。
暁さんは避ける様子も見せず、ただ悲しげな紅い瞳で私の刃を見つめている。
今、ここで踏み込めば。
私の切っ先は、彼の喉元を容易く貫くだろう。
けれど
「…っ、できない。斬れるわけ、ないじゃない……っ!」
振り上げた刃が、ガタガタと音を立てて震える。
無理だ。
この手は彼の温もりを知った手だ。
この足は、彼に救われた足だ。
この心は、彼に恋をした心だ。
鬼を斬るために磨き上げた剣技が、皮肉にも彼を傷つけることを拒んでいる。
「あざみちゃん、早く。……僕の中の『化け物』が目を覚ます前に」
暁さんの声が苦しげに歪む。
彼の背後の闇が、さらに色濃く、禍々しく膨れ上がった。
その時だった
「───そこまでだ!」
境内の入り口から、何条もの松明の火が押し寄せてきた。
鴉の隊士たち。
そして、その中心には冷徹な眼差しを向ける師匠の姿があった。
「報告通りだな。鬼と密会し、あまつさえ情を交わすとは……。あざみ、貴様、鴉の誇りを捨てたのか!」
「師匠……!違うんです、これは……っ!」
「問答無用!鬼を逃がすな!そして、内通者のあざみ共々、ここで始末せよ!」
師匠の非情な号令と共に、仲間の隊士たちが一斉に抜刀し、私たちを包囲する。
一瞬前まで「家族」だと思っていた人たちの刃が、迷いなく私へと向けられる。
絶望が全身を駆け巡った。
鬼を庇った私は、もう、人間の世界にはいられない。
(……ああ、そうか)
不思議と、心から重荷が消えた気がした。
鬼狩りとしての「価値」なんて、もうどこにもない。
だったら、私は
「暁さん、こっち!」
「…なにをして!?」
私は逆手に持った刀を鞘に収める暇もなく、暁さんの大きな手を掴んだ。
鬼の力で冷たくなった彼の指先を、私の体温で包み込むように強く、強く。
「……何をしている!追いかけろ!裏切り者を逃がすな!徹底的に始末するのだ!!」
背後で師匠の怒号と、草木をなぎ倒す足音が響く。
私は暁さんの手を引いたまま、迷わず境内の裏に広がる深い森へと飛び込んだ。
「あざみちゃん、離すんだ…!君まで戻れなくなる!」
「うるさいっ!戻れなくていい!暁さんのいない世界なんて、私には価値がないんです!」
夜の森を、二人の影が駆け抜ける。
追いかけてくるのは、かつての仲間たち。
隣にいるのは、江戸を震え上がらせる最凶の鬼。
私の髪を夜風が激しく揺らす。
もう、後戻りはできない。
組織を裏切った鬼狩りと指名手配の鬼。
江戸八百八町を敵に回した、決死の逃避行が今、始まった。
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