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僕とラズールは、人目につかないような道を選んで国境に向かった。
採掘場にいたバイロン国の騎士達は、解毒薬がなくても動けるようになっているはずだ。だけどリアムが怪我をしたことで、僕達を追いかけてくる余裕はない…と思いたい。でも追いかけてくる可能性もあるので、充分に周囲を気にしながら国境に着いた。
イヴァル帝国とバイロン国を隔てる高い石垣の向こう側へと縄を投げる。
すでにイヴァル帝国側で待機していた騎士達が、縄をしっかりと固定したらしく「大丈夫です!」と声が上がった。
「フィル様、気をつけてください」
「うん。ラズールも」
僕は縄を掴むと、石垣に足をかけて登り始めた。時おりラズールに背中を押してもらいながら登り終え、石垣の上に立つ。
遅れてラズールも僕の隣に立った。
下で待機していた副隊長が、眩しそうにこちらを見上げている。
「ラズール様、ご無事で。ノアも大丈夫だったか?」
「俺達は大丈夫だ。これより至急王城に戻る。調べたいことがあるからな」
「はっ!」
イヴァル帝国側に残っていた者も、先に戻っていた者も全員いる。馬も連れている。すぐに出れば明日の夜には着くだろうか。早く戻って盗難に関わった人物を見つけなければ。
「フィル様、ゆっくりと降りてください」
「うん大丈…」
ラズールに返事をしようと横を向いた僕の目の端に、光るものが映った。それは僕を目がけてまっすぐに飛んでくる。
避けれない!と思った僕にラズールが覆いかぶさり、そのままイヴァル帝国側へと落ちた。風圧でかぶっていたフードが脱げて、銀髪がキラキラと光る。
落ちる直前に僕が見たのは、風になびくバイロン国の旗!
「ラズール様っ!」
激しい衝撃を覚悟して、固く目を閉じる。しかし僕とラズールの身体は、数人の騎士達に受け止められて無事だった。
「まずい!背中を射抜かれてる!」
「血を止めろっ」
「毒消しの薬を早くっ」
「ノアは大丈……ノア?」
僕はすぐに立ち上がった。だけどラズールが立ち上がらない。横向きに倒れたままだ。背中には矢が刺さり、血を流している。苦しそうに歪む顔が、どんどんと白くなる。
僕はラズールに飛びついて叫んだ。
「ラズール!いやだっ、僕を置いていくな!どうして庇ったの!僕のせいでおまえが傷つくのを見たくないのにっ」
「約束…した…でしょう。俺が…あなたを、守ると…。ふっ…俺のため…に、泣いてくれる…の、ですか…満足…」
「ラズール!」
ラズールが気を失った。まさかこのまま目が覚めないなんてことになったら…。
泣きながらラズールにしがみつく僕を、副隊長が離させようとする。
「少し離れて。その銀髪とお顔…あなたは王でしたか。まさか変装して紛れ込んでいたとは思いませんでした。ラズール様は気づいていたから、あなたの傍にいたのですね。大丈夫です。ラズール様は強い男です。すぐに血止めをして薬も飲ませます。こんなことでは死にませんよ」
「…騙してごめん。勝手なことをして…ごめん」
「何を謝ることがあるのですか。王なのですから、勝手をしていいんです」
「うん…。それと副隊長…油断するな。石垣の向こう側にバイロン国の軍隊がいる。落ちる時に旗を見た。ラズールを射抜いたのは、バイロン国軍だ!」
「それは誠ですかっ」
「え…あっ、トラビス!」
背後から大きな声がした。振り返ると、数十人の兵を連れたトラビスがいた。来てくれたのかと僕は心強くなる。
トラビスは馬を降りて僕に近づき片膝をついた。
「姿が見えなくて焦りましたよ。まさかラズールについてこんな所にまで来てるとは」
「よく来てくれた!石垣の向こう側にバイロン国軍がいるんだっ。落ちる直前に見た!」
「わかってます」と言うやいなや、トラビスが立って手を振り上げた。
僕は上空を見上げて悲鳴を上げる。
無数の矢が石垣を越えて降り注いできている。それら全てを、トラビスが魔法で弾き飛ばした。
「トラビスっ」
「ふむ…ここは危険ですね。すぐに離れましょう。バイロン国軍は国境を越えてまでは追いかけてこない。たぶん…今回は様子見でしょう」
「でも誰が…軍を率いてるの?」
「フィ…フェリ様、旗を見ましたか?どのような色をしていましたか?」
「白地に金文字…あ!上部に何かの葉の模様が描かれていたと思う」
「なるほど。その旗を掲げる者が誰か、聞いたことがあります。それはバイロン国の第一王子、クルト王子です」
「第一王子っ?」
僕は口を開けて固まった。
第一王子だって?リアムの兄上だ。どうして今ここに来たの?リアムの後を追って?
トラビスが考え込む僕を立たせて肩を抱き、大声で命令を出す。
「聞け!即刻この場から退避する!俺が先頭を行く。ラズールは真ん中に、副隊長は後方からの攻撃を防ぎつつ、ついて来い!」
「はっ!かしこまりました!」
「フィ…フェリ様は俺の馬に」
「いい。僕が乗ってきた馬に乗る」
「では俺の後ろについて来てください」
「嫌だ。僕はラズールの傍にいる」
「しかし」
「トラビス、王の意志に背くのか」
「いえ…わかりました」
トラビスが馬の手綱を引いて僕から離れる。
大柄な騎士がラズールを抱き抱えて馬に乗る。
僕も馬に乗って、大柄な騎士の後ろについた。
トラビスを先頭に国境から離れる。後方で矢が飛んでくる音と、それらを魔法で弾く激しい音がする。副隊長とここにいる騎士達は、皆優秀だ。雨のように降り注ぐ矢をかわすことなど簡単だ。だから何も心配はしていない。
僕が心配なのは、リアムとラズールのこと。リアムは怪我をしたけど大丈夫だと聞いた。だけど僕の目で確認したわけじゃない。自分の目でリアムの元気な姿を見るまでは、やはり心配なんだ。ラズールも止血をして薬を飲ませたけど、気を失ったままだ。早く王城に連れ帰り高度な治療を受けさせたい。元気な姿を見るまでは安心できない。
そして…最大の懸念ができた。バイロン国のクルト王子は、どうして軍を率いて国境に来たのか。明らかに僕を狙っていた。僕の正体を知っている?でもリアムやゼノが話したとは思えない。それならば、盗難事件の真犯人がクルト王子を向かわせるように仕向けたのか?
短期間にいろんなことが起こりすぎて、頭の中がぐしゃぐしゃだ。
僕は目の前で力なく揺れるラズールの腕を見て「ラズール…僕を助けてよ…」と呟いた。