「……リリー嬢。俺が勝手にやったことです。だから……気に病まないでください」
「でも……!」
カイルの力ない微笑みに、リリアンナの目からこらえきれなくなったみたいに、大粒の涙が頬を伝った。
「大丈夫です。……俺は平気ですから。それよりリリー嬢はお怪我をされていませんか?」
リリアンナの服が血に汚れているのを見上げて心配そうに眉根を寄せるカイルに、リリアンナが懸命に答える。
「私は大丈夫。カイルとランディが守ってくれたから……」
その言葉に、カイルがホッとしたようにランディリックへ視線を向けると、まるで礼でも言っているかのように頭を垂れた。
ランディリックはそれに無言で頷きながらも、何か釈然としないものを感じてモヤモヤとした気持ちを募らせる。
城主として、城内の者たちを守るのは当然の勤めだ。
むしろ、自分の直ぐ目と鼻の先で有事が起こったというのに、初動が遅れて家臣に怪我を負わせたのは痛恨の極みだと言っても過言ではない。
だが、過程はどうあれ、あの獣を仕留めたのはほかでもない、ランディリックだった。
なのに、リリアンナはカイルの名のあとに、ついでのようにランディリックの名を告げた。それが引っかかってしまったと言ったら狭量だろうか。
リリアンナのことだから、純粋に助けに入った順で恩人の名を上げたに過ぎないとは頭で分かっていても、そんな些細な言い回しが気になってしまうのはきっと――。
――リリー嬢。
カイルがリリアンナのことをそう呼んだからだ。
(カイルはいつからリリアンナをあんな親し気な呼称で呼ぶようになった?)
リリアンナのことを〝リリー〟と呼ぶのは自分だけの特権だと思っていたランディリックとしては、まさに寝耳に水。
ランディリックは、サラリとカイルの口から出たその呼び方に、胸の奥がざらつくのを感じた。
きっとそれはリリアンナの方からカイルに申し出た呼称だろう。カイルは忠義ある実直な男だとランディリックもよく知っている。本人の許可なくそんな砕けた呼び方はしないはずだ。
だが、それでもリリアンナの愛称を、他の男の口から呼ばれるのを、どうしても受け入れられなかった。
そんなランディリックの視線に、ナディエルはいち早く気が付いた。
「リリアンナお嬢様、カイルのことは兵たちに任せてどうぞこちらへ……。お嬢様にはお召し替えが必要です」
声をかけると同時に、さりげなくリリアンナの腕を取ってカイルから引き離す。
リリアンナはまだ未練がましくカイルの方を見つめていたが、ナディエルの切実な声音に押され、ようやく数歩下がった。
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