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闇の中、乱歩は目を開けた。
何も見えない。けれど“ここ”が現実ではないと、すぐにわかる。
耳鳴りのような、遠い悲鳴。どこかで誰かが泣いている。
けれど、それは「誰か」じゃない。自分自身の声だ。
「やっと目を覚ましたか。」
声がする。自分の声に似た、それでいて酷く冷たい声。
「君はポオを信じてる。でも、彼が本当に“君”を見てると思うか?」
暗闇の中、もうひとりの“乱歩”が微笑んでいた。
「所詮、彼は“罪滅ぼし”で君に手を伸ばしただけだ。君が死にかけたあの日、彼は――」
「黙れ。」
乱歩の声が震える。
でも、本当に震えていたのは「記憶」だった。
──あの日。ポオは、確かに一度、俺を――見捨てた。
痛みが再現される。
肺に水が入り、声が出ない。
目の前に伸ばした手を、ポオは見ていた。けれど動かなかった。
その一瞬。
あの一瞬の“静止”が、未だに乱歩を殺していた。
「許せないんだろう? 本当は。」
「……許したよ。もう、とっくに。」
「違う。」
影は乱歩の頬を撫でた。
「君は“忘れたフリ”をして、彼の傍にいるだけだ。信じることが怖いから。」
「だったら、お前はなんだ……?」
「“本当の君”さ。」
同時刻、現実――
ポオはベッドに横たわる乱歩の手を握っていた。
彼は動かない。眠っているようでいて、どこか違う。魂の不在。それは、ポオにしかわからない。
「戻ってこい、乱歩。お願いだ……」
ポオの声はもう、祈りのようだった。
そして、それは通じなかった。
次の瞬間、乱歩の目が開いた。
だがその瞳に、ポオは映っていなかった。
「……誰、だ。」
「……っ、乱歩?」
「お前は誰だ……なぜ、僕の名前を知ってる?」
冷たい声だった。
ポオの胸が、音を立てて崩れた。
幕間:名前を忘れた朝
記憶喪失ではない。人格の剥離だ。
乱歩は“ポオを忘れた”のではない。
彼の心が、ポオという存在を拒絶したのだ。
どれほど寄り添っても、話しかけても、乱歩は「笑う」だけ。
あの優しさも皮肉も、全てが作られた表情に変わっていた。
ポオは、世界から切り離されたような静寂の中で、それでも彼の手を握り続ける。
「何度でも、思い出させてみせる。」
「たとえ君が……俺のことを“救えなかった男”としてしか覚えていなくても。」