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貴仁さんが紅茶を頼むと、しばらくして源治さんが銀のワゴンを押して現れて、この光景も初訪問の時と同じでとささやかな懐かしさを覚えた。
「アフタヌーンティーセットでございます」
テーブルに、三段重ねのガラス製のケーキスタンドが置かれると、乗せられた色味豊かなプチケーキの数々に目が奪われた。
「こんなにいいんですか?」
盛りだくさんの小さなケーキに、以前のフルーツタルトもとっても美味しかったから、どれもきっと期待を裏切らないんだろうなと、ついつい目移りがしてしまう。
「ええ、お好きなものをどうぞ。よろしければ、おかわりもありますので」
源治さんの返事に、「えっ、おかわりまで!」と思わず声を上げて、源治さんだけではなく貴仁さんにまで、クスリと笑われてしまった。
自分も恥ずかしながら釣られるように笑うと、あの頃をなぞるような時間に、こうしてまた思い出が上書きをされて忘れがたいものになっていくことに、たまらない幸せを感じた……。
「では、ごゆるりとティータイムを」
源治さんが部屋を下がると、
「ほら、一つ食べてみるといい」
貴仁さんから、フォークに刺したケーキが差し出された。
「えっと、あの……自分で、食べられますから」
シルバーフレームのメガネがあまりに似合いすぎる、彼の涼やかな眼差しに顔を覗き込まれ、目を合わせることもできずにうつむくと、
「こういう時は、あーん……だろう?」
彼が口角を緩やかに上げ微笑んだ。
そのくだりに、公園デートでお弁当を食べたひとときを、彼が憶えていてくれたことへの嬉しみがじんと胸に沁み入って、はにかみつつも「あ、あーん……」と、口を開いた。
プチケーキのとろける甘さが口いっぱいに広がって、「おいしい〜」と、ほっぺたを両手で押さえた。
「ん、じっとして? ここにクリームが付いている」
彼の長くしなやかな指が伸びて、私の口元をスッと拭う。
「あ、ありがとう……」
生クリームが付いていたこともだったけれど、それを指先で拭われたことにもダブルで羞恥を感じてしまう。
「……あの貴仁さん、私も、いいですか?」
上ずる気持ちのままに、そう切り出すと、
「うん? なんだ?」
と、彼が私の顔を見つめた。
「わ、私からも、その……あーんって、お返しをさせてもらっても……」
フォークに刺したケーキを、どぎまぎしつつ彼に指し向けると、
「これは、私も断われないな」
彼が小さく苦笑を浮かべ、ややためらいがちに口を開けた。
「……だけど貴仁さんて、本当に誰にも『あーん』てされたことがなくて?」
ふと公園での不思議そうだった彼の顔が思い出されて、フォークを手に浮かんだ疑問を口にすると、
「ああ」と彼が短く頷いて、「私の憶えている限りではないかな。まだ物心がつかないくらい幼い頃には、もしかしたら母にされたことがあったのかもしれないが」そう話してフッと顔を崩して笑った。
「じゃあ初めての貴仁さんの”あーん”の記憶は、私になったんですね」
「うん、私の中では、そうだな」
「それって、なんだかとってもうれし……」
込み上げる多幸感にしみじみと浸っていると、
「君との思い出は、私にはどれも得がたくて、まるで宝もののようだ」
彼からまんま宝ものみたいな言葉を伝えられて、私の胸の幸福メーターは一気にピークに上り詰めた。