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二ヶ月後。いつもの和室。
いつもの男装姿の私。
いつもと違うのは澪様と臣様が向き合い。抹茶ミルクティーを片手に、つらつらとお喋り興じていたこと。
私はその会話に参加出来ない。いや参加してはなるまいと必死に視線を逸らしていた。
本当は抹茶ミルクティーを運んだ時点で、会話の内容の雲行きが怪しくて一度逃げ出したのだけど、澪様に捕まった。そして臣様に擽られた。
次逃げ出すとまた臣様に擽られると、澪様から脅されて仕方なく。この場に留まり、二人の会話を聞くハメになっていた。
澪様が艶やかな金髪を耳に掛けながら喋り出した。
「兄上。僕は千里が千利休の子孫だと言うのは間違いないと思う。お茶の腕前、名前とかな」
いきなり、ズバリのことを言われて慌てる。
「──! み、澪様。わ、わたわ、私が千利休様の子孫なんてある訳無いじゃないですか! うふふ。もう、変な冗談はよして、」
「宗南寺の住職から聞いたんやけどな」
「!?」
ちらっと翠緑の瞳に射抜かれ心臓がバクバクした。
た、確かに私は住職様には全てを伝えていた。
あのときは時間もなく。瞬時に信頼を勝ち取るには真実を語るしかないと思って、私の秘密。祖先が誰であるか話したのだ。
住職様なら私の祖先を知っても、口外しないと轍を踏んでいたということもあるが。これは誤算だ。大いなる誤算だ。
何故、住職様は喋ったの!? と言いたくなったとき。臣様がさらっと私の疑問に答えた。相変わらず緩やかな動きがとても優雅だった。
「お寺の修繕費の寄付の申出と。千里をこの堺に留めたいから知恵を貸して欲しい伝えると、住職様はとても詳しく千里のことを教えて下さった。住職様はすっかり、千里が気に入ってみたいだからね」
──気に入ったのは修繕費では?
とか思ってしまう。
でも、あぁ、住職様は私に行く当てが無ければお寺に住まないかと仰って下さっていた。気に掛けて下さっていたのだろう。
私も急いでいたので、祖先のことは秘密だと言わなかった。これは仕方ない。私のツメが甘かったと天を仰いだ。
すると、また二人は会話に戻る。
「千里は千利休の子孫。それ故に千里は追い回されていた、ってところやな」
「あぁ、千里が千利休の子孫なのは間違いないだろう。しかし、きっと正統な家系ではない。既に正統な千利休の家系は居るからね。じゃあ、千里の一族は何故、追われたのか。身を隠すように生きてきたかと言うことだが……」
二人はしばし熟考し。口を開いたのは澪様。
「それは……ご落胤、だから」
ご落胤。
その言葉に心臓が跳ね上がる。背中に嫌な汗を感じるが、二人はスラスラと会話を続ける。
「さすが澪。あの時代ならご落胤など普通だ。では。そこで気になるのがさっき千里を擽って口を割らせた、千里を追っていると言う桐紋を身に付けた連中だな」
「──桐紋と言うと豊臣やな」
ズバリキッパリ言われて私はぐうっと唸り声を上げてしまった。
そして臣様に散々擽られた脇腹に、また妙なムズムズを思い出して体を捩らせてしまうと。
二人はチラッと私をみて「読みが的中した」と言わんばかりにニコリと微笑んだ。
私は咄嗟に「お腹の虫が鳴いただけです。どうぞ気にしないで下さい」と、二人から視線を逸らして呟くのが精一杯だった。
「じゃあ、後で食事に行こうか。寿司とかどうかな。|宿院《しゅくいん》に内店の良い店が出来たとか」
「あ、ええな。出前よりその場で握って貰う方が美味いしな。寿司にしよ。で、何故。豊臣の関係者が千利休の子孫を狙うか、やな」
ふむと、澪様はカップに口付ける。
「史実では豊臣秀吉と千利休は何らかの仲違いがあり、秀吉は千利休を処刑した。それで考えるなら生き残った豊臣家臣が、主君の思いを全うするために千利休の子孫を根絶やしにしたいと考えるが──」
かちゃりと、澪様がそれは違うと言うようにカップを机の上に置いた。
「千利休には正統な子孫が既にいる。そちらは今もご存命。狙われている様子はない。であれば、千里だけを狙う理由があるってことやけど」
澪様は悩ましげに口元の黒子に手を当てながら、考えをまとめるように臣様に語った。
「これは想像の域を出ぇへんけど……千利休の処刑は突然やった。それは今でも謎めいているところが多い。けど、豊臣秀吉には千利休を殺すだけの理由があった。殺すだけの理由、ご落胤……ときたら。千利休は豊臣秀吉の女を孕ました──」
「ちょっ、ま、まって!」
それ以上はと声を上げるけれども、二人の耳に入ってないらしく。二人は少し興奮気味に意見を交わし、臣様がはっとした。
「そうなると……わかった。千里の言っている桐紋の連中とは、豊臣の臣下でも秀吉の臣下じゃないな。身籠った側の臣下か!」
なんで、この人達はこうも頭の回転が速いのだろうか!!
「それやな! そうか。なら説明はこうや。千里は豊臣秀吉の関係者。臣下を持てるほどの身分の高い女性と、千利休の間に出来た子供の子孫。そう考えると豊臣秀吉が千利休を処刑したと言うのもわかる」
「女性側に咎があったかは分からないが、子供は手放したのだろう。そして秀吉の怒りは千利休。男に向いた。千利休の言葉『頭を下げて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもある』……か。俺達の予想があっていたら実に物悲しいものがあるな」
「桐紋の連中はその女側の臣下で、千里を探して取り戻す。もしくは保護をしたいと思っていたってことかな」
お二人は答え合わせのような気軽さで、小気味よく会話をしていく。
まるで犯人を問い詰める探偵のようだ。
「そうだろうね。殺そうとしていたなら最初から殺しているだろう。人攫いというのは、きっと誰かを雇って何か手筈が狂ったとか。もしくは桐紋の者達と意思疎通出来ないことがあったか、身内で仲間割れしたか、そんなところだろう」
臣様が言い切り。澪様がこくりと頷き。
お二人はぱっと私を見て。
「俺達の予想は当たっているかな?」
「僕らの予想は間違いないやろ?」
と、声を合わせたのだった。
それに対して私は──《《何も言えない》》。
追い詰められた犯人の如く、降参と両手を上げた。
だって私はお二人の優しいお気持ちに甘えて、まだここに居る。でも全部を話したら要らぬことに巻き込む。最後の砦として、私のケジメとしてそれだけは言えないとお二人に予め伝えていた。
なのに、お二人はあっけらかんとして。
勝手に突き止めると言ったのだった。
そんなこと出来まいと私は踏んでいた。
お二人は元から知名度が高かったのに、藤井屋を守り立てるためにわだかまりを解消して。兄弟仲良く手を取り合ったという美談が広がり。見た目の良さも大いに後押しとなり。有名人と化していた。
仕事は言うまでもなく、大繁盛。
その余波を受けて、私もお手伝いをと英語の手紙の代筆、翻訳。外国人の方の案内役。
私は未だに男装をしていたけど時々、お得意様のために請われて男装姿ではなく。カツラと女性用の着物を身につけて、小規模なお茶会を開いていたりした。
私の手を借りるほどの忙しさ。
私の素性を調べている暇などないと思って、安心していると今日。
こうしておおよその部分を暴かれてしまった。
だから私は何も言えないでいた。出来ることは両手を上げて、目線を思いっきり逸らすことぐらい。
なのに澪様はずいっと、こちらに体を寄せて。
いつぞやのように私の顎を掴んで視線を合わせてきた。
「み、澪様。あの、」
翠緑の瞳と澪様の美貌に見つめられてしまえば、いくら私でもドキドキしてしまう。
「千里の行動でバレバレやけども、今僕らが話した内容はおおよそあってる。見当違いってことは無さそうやな」
鼻先に白檀の香りを感じて。
澪様が私の瞳を覗き込み。心まで深く覗き込まれた感じがして慌てる。
「! し、知りませんっ。そればっかりは申し上げられませんっ」
えいっと横に体を捻って澪様の手と視線から逃げた。
それを見ていた臣様は「千里は猫みたいだね」と、のほほんと笑っていた。
だったら『澪様は金獅子みたいです』とは思っても、言えなかった。壁際によってドギマギしていると澪様が「今日はこんなもんか」と呟くと臣様も「そうだね」と言った。
二人はその場ですくっと立ちあがる。
澪様は畳に置いていた、白牡丹の羽織を肩に掛けて私を見た。
「自分の出身を千利休のご落胤です。なんて堂々と言えるのは詐欺師ぐらいやから、千里のその『言えない』反応は正しい。それにこれ以上問い詰めても仕方ない」
男装をするぐらいの理由があったのは確かだと、言葉を付け足し。
臣様も首を縦に振る。
「そうそう。俺達は何も過去を暴きたい訳じゃないんだ。千里を守ると言ったからね。千里を攫った者達の情報や背景をちゃんと確認しないと行けない……とは言っても、忙しくて確認が今になったのは許して欲しい」
臣様が私に近寄り。
私の手をすっと持ち上げて、私を立たせて微笑む。
「一応、千里と澪はこの家に一緒に住んでいるし、この辺りは治安もいい。それで大丈夫だろうと思っていたんだけどね」
そんな意図があったかと思うと、黙っていることに申し訳なく思ってしまうが臣様は「色々と推測して悪かった」と言ってくれた。
その言葉にぶんぶんと首を横に振る。
「臣様も澪様もお気遣い頂き、ありがとうございます。でも私は何も出来なくて歯痒いです……」
「なに言うてんねん。子供なんか何もしなくてええ。元気が一番──って本来なら言いたいところやけども。千里は充分に子供以上の働きをもうしている。何も気にすることはない。そのままで充分。男装も好きにしたらいい。なぁ、兄上」
「本当に。今の藤井屋になくてはならない存在だしね」
え、私が?
と臣様を見ると澪様がコホンと咳払いをした。
「もう、この辺でええやろ。早く寿司食べに行こ。千里、お前は着替えなくてもいいのか? 今日、お茶会で市議員の林の爺さんから友禅の着物貰っていたやろ?」
「あぁ、あれは。あんな上等なもの、勿体なくて着れません。林議員様には厚くお礼を申し上げ。今度またお茶会でお会いするときに、着させて頂くとお返事をしました」
だって、まだ髪は短い。
髪はうなじのあたりまで伸びたけども、こけし頭みたいで男装の方がしっくりと馴染む。
それに私なりの桐紋の人達を欺く変装でもある。今ではどれほどの効果があるか分からないが、それでも女者の着物を着る気持ちにはならなかったのだ。
「……爺さん次は振袖贈るって言ってたで。無自覚とは恐ろしい……やっぱり《《母親の血》》なんかな……」
「澪。そこは黙っておこう。せめて稀代の悪じょ……いや。なんでもない。どんな姿をしていても千里は千里だからね。さぁ、食べに行こうか」
何故かお二人は私を残して、ささっと和室を出て行ってしまう。
「澪様っ。私が恐ろしいとはどう言った意味ですかっ。臣様に至っては今、悪女って言おうとしてませんでしたか!? お二人とも待って下さいっ!」
お二人の言った言葉の意味が分からなくて。後を追いかける。
今の言葉に何故と問いかけるのにお二人は、明日は休み。久しぶりに酒でも飲むかと、食事への話題に華を咲かせるばかりだった。