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本編に行く前に、まずはこの世界の成り立ちを書こうと思う。
今から約46億年前。ひと柱の神がこの世界を創造した。後にこの神は人間によってジーラという名前で呼ばれることになる。ジーラ神は今から約35億年前に生命なるものを創り出した。
そして今から約6億年前、世界の成長を見守りつつ生命の進化の手助けをしている最中、自身の汗を一粒、大地に落としてしまった。その汗から産まれたのが人間を創造した神、ルイドである。ルイド神は産みの親であるジーラ神をよく思っていなかった。それゆえにジーラ神の創ったこの世界を、自分が創り出した人間という新種の生命で乗っ取ろうとしたのだ。
今から約1億年前、ルイド神自作の生命「人間」が誕生。ジーラ神が人間の存在に気がついたのはしばらくののちだった。創り出した覚えのない生命だったが、不思議なこともあるものだと、気にもとめていなかった。だが、人間誕生から約100万年すると、人間の成長スピードに驚きを隠せなかった。そしてジーラ神は、人間をもっとそばで観察したい思うようになった。人間の成長は、ジーラ神が創ったどの生命よりも早かったのだ。
そして今から約9000万年前、ジーラ神は人間をそばで観察できる道具として、人間の姿を真似られる植物を創り出した。のちにその植物は人間によって「醜樹族しゅうじゅぞく」と呼ばれるに至る。だが、その名は不名誉な物のため、ここでは「樹ジュ」と呼ばせてもらう。
さっそくジーラ神は樹を人間に近づけた。しかし、そう上手くはいかなかった。人間が樹を殺してしまったのだ。どうやら自分たちと違うものを極端に嫌う性質のようだ。その一件でルイド神は樹という存在に初めて気づく。ルイド神は樹がジーラ神の差金だとわかると、人間の違うものを嫌う性質を強化した。人間の邪魔をされるのが許せなかったのだ。一方、ジーラ神は樹を殺されては反省と改良を続け、段々と人間の情報を得ていった。
今から約3000万年前になると、樹が自白しない限りはバレないほどに人間に似せることに成功する。樹が人間に近づきやすいように、人間が好む美しい姿になるように樹を育てていく。それでも樹に少しも惹かれない人間には、樹を好きになる催眠がかかるフェロモンを追加して対策するなど、樹に改良を重ねていくジーラ神。
一方、ルイド神は樹を見分けることができなくなり、さらに警戒を強めていく。人間はその間、国という集団で生活をするようになり、国同士、人同士の争いも増えていってしまう。ここらからルイド神は、自作の生命である人間の管理が完全にはできなくなっていく。
今から約40万年前になると、人間同士の争いが各地で起こり、同種殺しをする理由が理解できないルイド神は、樹の存在も忘れて自分がしたかったこと、してしまったことについてよく考え始めた。一方ジーラ神は、樹の繁殖に難儀していた。人間を調べるために使いやすい道具として、あらゆる要素を詰め込んだせいで、ちゃんとした遺伝子反応が起きづらくなってしまったのだ。
このころから樹の数が人間に比べて激減する。樹の数は一千万人の人口にひとり、紛れているかいないかほどになっていた。
さて、本編に入ろう。
アンファン島で生まれた樹と1人の人間のお話だ。
出会い
今回のお話は勇者と魔王の幼少期、つまり二人が勇者と魔王になる前のお話だ。時は幸暦42年の4月。この時点で勇者はすでに42歳。しかしさすがは植物、見た目は10歳の少年である。この時に出会った、のちに魔王となる少年が、勇者を同い年だと勘違いするのも無理はなかった。
湖の浅瀬、春風によって木々がざわめく中、二人は出会った。のちの勇者である植物の彼は、背中を丸め、背中から無数の枝を四方に伸ばして、葉を風に揺らして、立っていた。
その姿に、のちの魔王である少年は恋をした。一目惚れだった。彼の全てが、美しかった。じっと長い時間眺めていると、この遠さでも流石に視線に気づいたのか、植物の彼が少年の方へ振り向いた。目が合う。
「何してるの」
「へ……」
話しかけられても何も言えず、魔王となる少年はその場から逃げ出した。怖かったのだ。覗くのはいいが、覗かれるのは耐えられない。なんというエゴだろう。
魔王となる少年は自宅であるボロい小屋へ帰り、仲間たちと合流した。幸い、点呼の時間には間に合ったが、少年の心は真っ暗だった。あそこで何か気の利いた返事ができていれば、仲良くなれたかもしれないのに。そう悔やみながら、主人から出された今日のご飯、いつものパサついたパンをかじった。いつもは気にならないのに、今日はパンの不味さが際立っている気がした。
喉が渇いて、外にある雨水を溜めている樽へ行く。今日は月明かりが強く、周りにある森がよく見えた。そんな時、視界の端に映った、異質なもの。
「ねぇ」
「なっんで、ここに?!」
森にいたのは、植物の彼だった。月明かりが彼をライトアップしているようで、昼間とは違った美しさを醸し出している。魔王となる少年は急いで辺りを見まわし、誰もいないことを確認してから、植物の彼を森の奥へと連れていった。咄嗟に掴んだ植物の彼の腕は、みずみずしく潤んでおり、ひんやりと冷たかった。人間の腕ではない。
「ここにきちゃいけないよ」
「……どうして?」
「あそこは奴隷小屋だ。君みたいな綺麗な人は、見つかったら売られてしまうよ」
「どれいごや」
慣れていない発音をした後、植物の彼は少し考えるようなそぶりを見せた。
「小屋は知ってる。どれいは知らない。なんのこと?」
「えっ……と、奴隷は、人に飼われてる人のこと、かな。飼われてる側に自由はない。僕もそう。働いてるんだ」
「……どれい、大変?」
「……いや、生まれた時から同じことの繰り返しだから、そこまで大変ではないかな」
「そっか。よかったね」
「……うん」
話してみた印象は、本当に人じゃないんだなって感じだった。普通、この流れで「よかったね」って言葉は出てこない気がする。
「とにかく、あの小屋の近くは絶対来ちゃダメ」
「じゃあ、どこにいればいい?」
「君の好きにしたらいいよ」
「……また、あなたに会いたい。どこにいればあなたに会える?」
「…………僕に?」
「うん」
「なんで……」
「あなたが私の前に現れたから。また、話したい」
なんだそれ、と思ってしまったのは秘密だ。少年も、また彼に会いたいと思っていたから。
「……じゃあ、また、あの湖のほとりにいて。あそこは僕しか来ないと思うし、小屋からも離れてるから。時間ができたら絶対に行くよ」
「ほんと?じゃあ待ってる。あなたが来るのを」
その日から少年の心は晴れやかだった。仕事も苦じゃない。頑張れば休憩時間がもらえるから、そこで彼に会いに行こうと、必死で働いた。奴隷仲間にもその変化が伝わったようで、いつもより多くの仲間に声をかけられた。
「よおハルト。どうしたよ。機嫌良いじゃん」
「うん。ちょっと嬉しいことがあったんだ」
「何のことだ?」
「……好きな植物が咲いてるのを見つけたんだ」
「そりゃいい。俺たちには娯楽なんてねぇからな。自分で好きなものを作らなきゃな」
「うん。そうだね」
嘘は言っていない。いくら仲の良い仲間でも、言ってしまったらどこから漏れて、強欲な主人にバレるかわかったもんじゃない。これは秘密にしておこうと、少年は心に決めた。植物の彼を、独り占めしたかった。
5日ぶりに休憩時間が長く取れた。さっそく少年は彼に会いに走る。
「あ」
「……やあ。久しぶり」
「うん」
彼は、約束通り湖のほとりで、大岩の上に寝転んでいた。少年も大岩に登り、彼の横に腰掛ける。しばらく、無言で見つめ合う時間が続いた。
「どうしたの?」
「あなたの目、空と同じ色してる。綺麗だね」
「僕の目、青いんだ?知らなかった」
「自分の顔見たことないの?」
「鏡は高級品だからね。見たことないよ。水面も、色までは映らないし」
「そっか。じゃあ私の目は?何色?」
「君は……白かな、透明かも」
「そうなんだ」
「君も知らないんじゃないか」
「この姿になったの最近なんだ。まだまだ知らないことだらけだよ」
「……前は、どんな姿だったの?」
「…………前も、にんげんだったよ」
「嘘が下手。言いたくないならいいけど、もっと君のことを知りたいよ」
ここで初めて彼は体を起こした。顔が横並びになる。彼の香りがふわりと流れてきた。淡く、甘い、しかしスッとした自然な香り。少年はいつもより鼻呼吸を意識した。
「私は、ほんとは、絶滅しそうな醜樹族って植物なんだと思う。人間に化けて、人間として生きるのが正しいんだ。でも、ここら辺人間あんまりいなくて、困ってた。だから、あなたに会えて嬉しい」
彼の表情筋はまだ上手く働かないようで、顔色こそ変わらなかったけれど、それでも少年は嬉しかった。
「君はどこから来たの?」
彼は振り返ってずっと向こうの山を指差した。人差し指の先の爪が、桜の花弁のようだった。
「ずっと向こうの森、私はそこで発芽した。あなたは?」
「僕は、近くにある奴隷小屋とは違う場所で生まれたらしい。でも詳しくは知らないんだ。父親は知らない人だし、母親は僕を産んで死んだらしい。ずっと、ひとりなんだ」
「私と一緒。嬉し?」
「…うん」
少年は初めて彼に笑顔を見せた。口角がほんのり上がる程度だったが、生まれて初めての笑いだった。他の人とは全く違う彼と一緒の部分がある。それだけで不思議と心が軽くなった。おそらく、人じゃないことがわかっているからだ。
人は信用できない。おんなじ生き物だというのに支配する側とされる側に分かれて、見下しあって嘲笑っている。奴隷仲間は皆、自分を生きることに必死で、周りのことなど考えない。勿論それは仕方のないこと。だから恨んではいない。少年もまた、おんなじだからだ。
「普段は何をしているの?」
「普段は、ずっと水浴びしてる。……こうやって」
彼はゆっくりと立ち上がって、大岩の上から湖の浅瀬に飛び降りた。水面が跳ね、水紋が彼を中心に広がっていく。少年の瞳にも水紋が広がった。彼は水面を掻き分けながら、湖のもっと深い所へ歩いていく。歩きながら、背中を丸め、あの日見た姿へと変わっていった。
少年の心は、人智を超えたものを見ることができる興奮で波打っている。彼が背中を丸めていくと、背中から生えてくる葉、伸びていく枝。ザワザワする気持ちを抑え込み、息を潜めて見守っていると、成長が止まったのか、彼が振り返った。
「驚かないんだね」
「いや、驚きはあるよ。でも、そうだな……。この世にはこんなに綺麗なものがあるんだなって、感動の方が強いかな」
「かんどう……。よかったね」
「うん。よかった」
その後も会話というには拙いものを繰り返した。それで充分楽しかった。奴隷仲間と話すより、心の中で妄想と過ごすより、少年の気持ちはずっと楽だった。水面に仰向けで浮かぶ彼の隣で、少年もゆっくりと仰向けになった。
「……なまえ?」
「そう、名前。あるの?」
「あなたはあるの?」
「僕は奴隷だから。あるっていっても記号みたいなものだよ。ハルトっていうんだけどね。好きじゃない」
「好きじゃないんだ。じゃあそうは呼ばない。私も名前はないよ。一緒だね」
「じゃあさ、お互いに名前つけようよ。名前って、他人からつけてもらうものなんだって、奴隷仲間が言ってた」
「わかった。……じゃあ、……あなたの名前は」
この“少年“こそ
アンファン島に伝わる魔王であり、
この樹こそ
アンファン島に伝わる勇者である。