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「うん?」と何気なく振り返るムメイの肩を、誰かが無防備に叩いた。肩透かしでも食ったようにその人物を見つめたムメイは、「は?」と質問した。
「いや、だからね、好き放題壊されちゃ、ウチとしても困っちゃうわけ。ほらウチってさ、貧乏なわけじゃん。知ってるくせにぃ、このこの♪」
腕に溜めていた魔力が抜け、転送装置が地面に落下した。
嫌らしく胸元に肘を当てているこの獣人は何者だという顔で、ムメイはキッと姿勢を正し、「離れろ不届き者め」と地面に魔法を放ち、イチルの足元を燃やした。 しかし――
「な、なんだ貴様。急に現れやがって」
「何と言われても……。ほらここ、俺の持ち物だし」
「俺の持ち物? 意味不明なことを」
「だってホントのことだし。なぁミア?」
一点見つめで呆然と口を開けているミアは、ショックのあまり、目を開けたまま気を失っていた。相変わらず変な奴めと腹を抱えて笑うイチルに対し、ムメイは怒りで我を忘れ、再び高めすぎた魔力を、これでもかと見せつけた。
「誰だか知らんが、舐めるのもいい加減にしておけよ。私は今、大事な話をしている。貴様のような年老いた老犬の相手をしている時間はないのだ!」
二重表現を使っての暴言に、イチルはショックを受けて縮こまった。年老いた老犬という言葉は老眼の獣人には堪え、酷くショックを受けていた。
「もう知るか。どうせ全て焼き尽くすつもりだったのだ。貴様も含め、全て燃やせば済む話よ。焼け果てろ老犬!」
目の前で炎の玉を発射したムメイが、不敵に笑った。
しかしイチルは、尻を掻きながらデコピンで炎を弾いた。
炎は空の彼方へキランと飛んでいった。
「……は?」
「あ、うん」
額にビキビキと今にもちぎれんばかりの血流を這わせたムメイは、これはどんな類の冗談だと全身を躍動させ、さらに魔力を高めていった。
右腕全体が燃え盛るほど立ち登った魔力を吐き出すよう、高らかに魔法を唱えた。
「ッんの、死に腐れ犬野郎。炎柱!」
地の底から這い出すように吹き上がった炎の束がイチルに襲いかかった。しかしイチルは、Yシャツのほつれでも切るように「えいっ」と指二本で炎を割り、少しだけ熱かった指先をフーフーしながら、また尻を掻いた。
「…………は?」
「あ、うん。なんかごめんね」
両目を見開き、また新たな魔法を唱えようとするムメイの両手を音もなく握ったイチルは、「少しだけ話を聞かせてよ」と声を掛けた。
「さっきエターナルに潜ったって言ったろ。どこまで。100階? 200階?」
「なんだ貴様、そんなこと、今はどうだって?!」
「教えてよぉ。君がどこまでいけたのか、おじさん興味あってさ」
「だ、だ、だ、黙れ黙れ黙れ黙れ!」
イチルの手を振りほどき、魔法で一面を炎の海に変えたムメイは、ハァハァと肩で呼吸しながら、何事もなかったかのように指を咥え、質問の答えを待ちわびるイチルに言った。
「……私が攻略するはずだったんだ。どこの誰だか知らないが、勝手なことをしてくれやがって。あと10年、いや5年あれば、この私があそこをクリアしていたものをぉ!」
眉をひそめ首を捻ったイチルは、ピッと一本だけ指を立て、丁寧かつ正直に言った。
「悪いけど、君じゃ10回生まれ変わっても無理よ。だってほら、……君、雑魚じゃん」
「ざ、こ?」と呟いたムメイは、上着を破り捨て、もう遊びは終わりだと全ての力を解放した。丸まった腰を叩きながら細い目をしたイチルは、小指で鼻をほじりながら、ハァとため息をつく。
「許さん。この私を侮辱したこと、あの世で後悔するがいい。いくぞ、暴風えん――」
詠唱が終わらぬうちにウンウンと頷き、イチルは一瞬で距離を詰めると、そのままお姫様抱っこするようにムメイを担ぎ上げ、素知らぬ顔でポーイと空の彼方へ投げ捨てた。回顧スキルで四つほど離れた街まで飛んでいくように調節し、「またね~」と名残惜しそうに手を振った。
「ったく、今日の御予約はランクDまでって決めてたのに、アソコに入れるようなお客はお呼びじゃないのよ。悪いね」
激しく損傷し地面を転がる備品を眺め、イチルは壊れて横倒しになった転送装置に恐る恐る触れながら、あららと呆れ、全て忘れましょうと頷いた。
「壊れたのは俺のせいじゃないし、仕方ない仕方ない。後はアイツらに任せればいっか。……しかしそんなことよりも、俺はずっと重要な何かを、ずっと忘れている気がする。フレアのことでもないし、ロディアのことでもない。一体なんだ?」
イチルがひとり悩んでいると、突然地面がボコッと盛り上がり、顔を出したプリンの中からペトラが凄い勢いで飛び出してきた。
「ゴラァ、ミア姉ちゃん、生きてるんだろうなぁ!」
テンション最高潮のペトラが誰もいなくなった現場の様子に肩透かしを食らっている横で、その姿をまじまじと見つめたイチルは、何かをハッと思い出し、ポンと手を叩いた。
「ぺ、ぺ、ぺ、ペトラちゃん。そういえば確かにフレアがお前のことをペトラちゃんと呼んでいた。ペトラちゃんて、なんでちゃん付け?!」
不機嫌そうに振り返り、
ペトラは心底面倒臭そうに言った。
「何言ってんだジジイ。別にいいだろ、俺女だし。んなことより、あの野郎どこ行った。出てこい女ぁ、俺がぶっ潰してやる。さっさと出てこいやー!」
――――――
――――
――
こうして《第一回タダで宣伝プロモーション大作戦》は終わりを告げた。
こんな終わり方になってしまった以上、また厄介事が増えるに決まっているとイチルが頭を抱えたのは言うまでもない。
しかしそれはそれでいいかと丸投げしたことも、また言うまでもない。