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憧れのキャンパスライフも二年目となれば、すっかり新鮮味も薄れ、日々が事務めいてくる。

それでも功基が流行りの服装を取り入れ、苦手な朝も早起きをして髪をセットしているのは、未だ訪れる事のない『運命の出会い』を期待しているからだ。

とはいえ、いくら努力しようとも、隣が常に埋められていてはなけなしの運も逃げていくのではと思い始めたのはつい最近で、そんな功基の悩みなどお構い無しの友人は、最後の講義が終わると同時に功基の肩をつついてくる。


「なぁ、功基ぃー。いい加減教えてくれたっていいだろー?」


甘さを感じさせる薄い色に、クルリと丸まった癖毛。大きな瞳を携えた目尻はキュッと上がった猫目で、愛嬌も良く女子学生からの人気も高い。これで功基よりも背が低ければまだ可愛げがあったのだが、残念ながら彼の目線は功基よりも上だ。

彼の名前は諏訪庸司(すわようじ)。入学式での出会いをキッカケに行動を共にしており、このキャンパス内で功基が紅茶好きである事を知る、唯一の人物である。


「なぁってばー」


媚びるような上目遣いも、相手が庸司では嬉しくも何とも無い。功基はだんまりと決め込みながら、教材を鞄に突っ込んだ。

庸司が求めているのは昨日の話しだ。朝から訊きたそうにウズウズしていたが、周りに人がいては功基も話さないだろうと我慢していたようである。

ならもう少し耐えろよ、と思うのだが、どうやら限界に達したらしい。席を立った功基の隣をしっかりとキープしてくる庸司に息をつき、功基は構内中央で清涼感を演出する噴水から少し離れた、人の往来も疎らなベンチに腰掛けた。


「……お前な、せめて教室出てからにしろよ」

「だってさぁー、気になるんだもーん! 次から気をつけるから! ね!」


(コイツ、ぜってぇ反省してねーな)


庸司は片目をつぶり両手を合わせてくるも、悪びれた様子は一切ない。軽薄な態度は以前からで、それでも許しているのは本当に悪い時はキチンと反省するからだ。

「絶対だな」功基の問いかけに庸司は何度も首を縦に振るが、その目は期待に満ちている。


(ったく、仕方ねーな)


隠す事無く大きな溜息をつき、功基は声を潜めて昨日の出来事を話し始めた。


「すっげぇ異世界だった。金持ちの豪邸って感じの店内でさ、ちゃんと爺やもいて。ドラマとか漫画で出てくるみてーな執事サマが、ウロウロしてんの」

「えー何それ楽しそう。客ってやっぱ女の子ばっかり?」

「おお、オレ以外見事に女ばっかだったわ……」

「よく……耐えられたね」

「その生温い目ヤメロ。まぁ、オレも最初はビビってたんだけど、みんな執事サマ目当てだから全然気にされなくってさ。良かったけど、ちょっと拍子抜け」

「あらー、残念だったね。せっかく気合入れて行ったのに」

「ほっとけ。いいんだよ、オレの目当ては純粋に紅茶だけなんだから」


不貞腐れた物言いになってしまったのは、痛いところを突かれたからだ。

もしかしたら、という僅かな可能性に、気合を入れて仕度していた過去の自分を殴ってやりたい。

腿に肘をつき掌に頬を乗せた功基の態度に、これ以上その話題を引っ張ると機嫌を損ねて、だんまりになってしまうと思ったのだろう。

庸司は慌てた様子で話題を切り替えた。


「で、そのお目当ての紅茶のお味は?」


紅茶に興味なんかないくせに。

魂胆が見え見えな庸司を一瞥して、功基は口を尖らせながらも渋々答える。


「美味かったよ。ちゃんとした茶園の茶葉もあったし、予想以上だった。フードも美味かったし、それであの値段なら十分だろ」

「の、割には、随分と険しい顔だけど?」

「また行きたいって思っても、ハードル高すぎだろ」

「ああー、なーる……」


いい店には通いたくなる。だが相手が『執事喫茶』では。

またあの異空間に身を投じなければならないのかという億劫さと、いやでも案外何とかなったしと思わせる程の渇望が、昨夜からずっとせめぎ合っていた。

そして悩める功基の脳裏には、更に一人の影がチラついていた。


『また、来て頂けますか?』


あの時、あの和哉という男は何故、あんな表情をしていたのだろう。


「ねーねー、すっげー初歩的なトコ訊いていい? 執事サンってどうだった? やっぱイケメン?」


丁度のタイミングで切り出せれた話題に、功基の心臓が大きく跳ねた。


「ん? どした?」

「いや、なんでもねぇ。あーっと、執事ね……大体は中の中って感じだったな。正直、お前のが勝ってる」

「ほう? お褒めに預かり光栄です」


執事のように胸に手をあて、庸司は軽く頭を下げた。


「でも昴って人は綺麗な顔してたな。一回話しただけだけど、優しい感じで。アレは完全にお前の負け」

「ええー、上げてから落とすのって酷くない?」

「あとオレの担当してた和哉ってヤツも、無愛想だけど顔は結構イケメンの類だな、アレは」

「へー、なら功基は『アタリ』を引いたってコトだ。良かったね」

「いや、オレは別に……」

「でも愛想悪いのは大丈夫なのかね? 接客な上に人気商売でしょ、あーゆーのって」


きいてねぇし。

話を進める庸司に嘆息して、功基は話しを合わせる。

どうせ指摘したって無駄なのは、これまでの付き合いで身に染みているからだ。


「まぁ、態度が悪いってワケじゃなかったからな。全然笑わねーってダケで。あ、二回くらいは笑ってたか」

「ふーん? ストイック系ってヤツ?」

「いや、しいて言うなら……犬っぽい」

「犬?」

「なんかこう、大型犬の。ちっちゃいのじゃなくて」

「んんと、種類の話しじゃなくって、何故そう思うに至ったかってトコをだね」

「っ、お坊ちゃま?」

「……は?」


拾った単語に悪ふざけも大概にしろと訝しげに庸司を見遣ると、目を丸くした庸司は俺じゃないと首を振った。


「お坊ちゃま」


再びはっきりと聞こえた低い声は、正面から。

嘘だ、そんな筈、ある訳ない。

緊張に嫌な汗が背に伝うのを感じながら、功基は壊れたロボットのように正面に顔を回した。

ジーンズに、単色のカットソー。飾り気のないシンプルなパーカーを羽織った、少しもっさりとした柔らかな黒髪。


「……嘘だろ」


呆然と呟いた功基に反して、見覚えのある男は柔らかく目元を緩めた。

その表情に昨日よりも幼さが色濃く滲むのは、漆黒の燕尾服姿ではないからだろうか。

混乱に言葉が見つからずハクハクと口を動かすだけの功基と、嬉しげに近づいてきた男を交互に見比べて、庸司は功基の顔を覗きこみ「もしかして」と男を指差した。


「彼が、その大型犬くん?」

「大型犬?」


最悪だ。

功基は目の前が真っ暗になるのを感じながら、頭を抱えた。


***

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