side wakai(28)
「さっきはごめん、煮詰まってて。苛々しちゃって二人に八つ当たりしてた。本当、プロ失格だよね。二人が居なきゃ、だめなのにね。本当、ごめんなさい」
俺と涼ちゃんの顔を交互に見渡しながら、元貴がそうやって頭を下げる。
あんなにギャンギャン吠えまくってたのが嘘みたいで、俺はどうしていいかわからなくて隣にいる涼ちゃんを見た。と、涼ちゃんも全く同じだったらようで口をぽかんとあけたまま。
でも、涼ちゃんはやっぱり年上だから、はっとした表情に戻って、元貴を見つめ返した。
「みんな、間違うことだってあるし、人間だからね。気づいたなら大丈夫だと思うよ。素直に謝れるとこも、元貴の素晴らしいとこだよ。でも、俺はいいけど、若井にはちゃんと言葉にしてあげな」
決して怒りの感情は入れず、諭すように。
優しいけれど真剣な眼差しで、涼ちゃんはそう言うと、じゃあ俺は先にスタジオ戻っとくね、なんて笑って部屋を後にした。
残されたのは俺と元貴。
思えば、二人きりでいるのなんてもうどれくらいぶりだろうか。
はっきり言ってちょっと気まずい思いもあった。
だって。
夢みたいな夢じゃない過去の世界で、17歳の元貴と出逢ってそしてあんなことしちゃった後だから。
浮気じゃないけどなんだか少し後ろめたい気持ちが無いわけじゃない。
元貴は、涼ちゃんが座っていたソファに腰を下ろすと俺を見上げる。
「ねぇ、座ったら」
空いている隣を手のひらでポンと叩きながら、元貴がそう言って。俺は何も言わずに頷いて隣に座る。
「俺さ、若井のこと泣かせてばっかだよね」
いつになく元貴はしおらしい。いや、本当に少し前の元貴とは別人みたいに思えてしまう。
「そんなこと」
ないよ、とは言えなかった。
だって、実際にそうだったからだ。
「俺、お前は絶対俺から離れないだろうってタカを括ってたんだよね」
ずっと隣にいるのが当たり前すぎて。ずっと傍で支えてくれているのが当然で。
「元貴」
元貴は真っ直ぐ正面を向いたまま真剣な表情をしている。それが今にも泣き出してしまいそうな程、弱くて儚いように見えてしまった。
「バカだよね、当たり前のことなんかないっていうのに。お前が俺から離れてしまうことだってあるかもしれないのに。傲慢だよな、ほんとに」
元貴はそう言いながら隣の俺を見る。
「お前が居なくなるかもって思ったら、急に怖くなった。お前だけじゃない、涼ちゃんも、居なくなってしまって俺一人になったら。そう考えたら足元が崩れてしまいそうになって」
「元貴」
堪えきれずに俺は元貴を抱きしめた。
ああ、同じだ。
今の元貴の中には、17歳の元貴がいる。
元貴は変わってしまったりなんてしていなかった。ただ、少しだけ、虚勢を張っていただけ。
強くあらねばならないと思っていただけなんだ。そして、自分を少し見失っていただけだ。
そんな僅かな歪みが色々重複して、溝のようなものになっていたんだ。
「俺、若井が好きだ」
俺の身体を抱きしめ返しながら、元貴がそう言う。
「俺の我儘で、俺の人生に付き合わせてんのにね」
違う。
違うよ、元貴。我儘なんかじゃない。
「俺が元貴のそばにいたかったから、そうしたんだよ。ずっと、元貴と同じ景色を見ていたいから。元貴の夢は俺の希望だから」
だから、我儘なんかじゃないんだ。
正直、俺がいる意味なんてあるのかなって思うことがあったのは確かだけれど。
でも、俺は元貴のことが大好きだ。
「若井、ごめん、ごめんね。ずっと、お前に何も言ってやれなくて。ずっと、ひどい態度ばっかで」
本当はこんな俺についてきてくれてるお前を大切にしなきゃなんないのに。
そう言いながら、元貴は俺の顔を見上げた。
俺も元貴の涙が移ってしまって、熱いものが込み上げてきてしまう。
「元貴、それだけで充分だよ。俺、今すごく幸せだよ」
抱きしめ合って泣いて。
いつも手を伸ばしてもすり抜けて行ってしまう元貴の背中が、今はちゃんと俺の腕の中にある。
元貴、忘れなかったんだ。忘れないでいてくれたんだね。
そう心の中で思いながら、俺は目の前にある元貴の身体を更に強く抱きしめた。
「若井、俺さ、お前に謝らないといけないこと、もひとつあって」
落ち着きを取り戻してから、元貴はそんなことを切り出す。
謝らないといけないこと、なんだろう。
少しだけ胸の奥がひりついたような感覚がしたけれど、今の俺はもうこれ以上何があっても大丈夫だという謎の自信があった。
「え、そうなの?」
「うん。昔のことなんだけどさ。ほら、バイト先の近くの公園で待ち合わせたことあったじゃん」
バイト中のお前に俺が着歴残してて。お前、バイト上がってすぐ折電くれたじゃん。
そんなこと、あったっけ。
ぼんやりとした記憶の中に、ありもしなかった筈の光景が思い出されていく。
そう、元貴から着信あって、すぐに電話かけたら、元貴はおかしなことばかり言ってて。話が噛み合わなかった。しかも雑音がすごくて。カラオケかゲーセンにでもいるような。
「あ…う、うん」
記憶にはなかった筈なのに、俺はどうして鮮明に思い出せるんだろう。
「俺、あのとき…お前以外の人と…その…」
どう言い表していいかわからないのだろう。
元貴は言葉に詰まってゴニョゴニョと口篭ってしまう。
ああ、そうか。
そうなんだ。
「俺」のしたことが、ちゃんと記憶になっているんだ。
そう思うと、俺が彼に会ったことは意味があったんだ。何も変わらないと思っていたことが、変わり始めたのもそうだ。
「元貴、あれは俺だよ」
信じて貰えないかもしれないけれど。
「えっ? てことは…」
元貴が目を大きく見開いて俺を見つめる。
「俺が、さっきまで、あっちにいて、17歳のお前と会って…」
そこまで言って俺も言葉が詰まる。
さすがに本人の前では言えなかったからだ。
「俺、浮気してない、よね?」
「してないよ、浮気じゃないし」
顔を見合わせて、そんなことを言いあっているうちに、どちらからともなく吹き出してしまう。
「俺、お前のこと、忘れてないからね」
元貴の顔に17歳の彼が重なる。
今日出会った彼も、今目の前にいる元貴も同じなんだと気づく。
「うん。俺の傍から離れないでいてやって、とも言われちゃったしね」
「…俺、しっかりしてたんだな」
誰に対して言ったのか、よくわからないままで。
元貴が俺の顔を覗き込んで、そのまま唇を重ねた。
ぎこちなさの欠片もない、元貴とのキス。
でも、今までしたどのキスよりも、ここち良くて。
そして。
愛情を感じるキスだった。
「さ、早く戻らなきゃ。みんな待たせてるし」
「俺が元貴に説教されてると思われたらどうしよ」
そんな戯言を言いながら、 伸ばされた手を取る。
「これからも傍にいてね」
そう小さく呟く声に、俺はこれ以上ないくらい幸福な気持ちでいっぱいになった。
ありがとう、元貴。
17歳の彼に向けて、そう思いながら、俺は元貴の手を強く握りしめた。
🔚
コメント
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泣いたり、笑ったり(意味不な方)して楽しく読まさせていただきました!!本当に連載お疲れ様です!
連載お疲れ様です!すっっごく素敵な作品でした☺️💘 過去と現在が行き来して難しそうな設定なのに、すごく読みやすくて……文才すぎます😭 二人の記憶にちゃんとあの日の出来事が刻まれてて、現在の二人に繋がってるのがタイムスリップものならではで素敵でした✨
ついに完結ですね……第1話を読ませていただいた時からその設定の良さに心奪われました…… 次々と素敵な展開が紡がれていって、とっても幸せでした🥹 過去の💙さんとの記憶をちゃんと覚えているのも❤️さんの愛が感じられてとても良でした…… 素晴らしい連載をありがとうございました!