「あの、坪井くん。 小野原さんのこと……あの女、なんて言わないでね」
「え?」
突然話題が変わって、坪井は不思議そうな声を出した。
「急に、ごめん。 でも! 小野原さんは、坪井くんを、多分……その」
言ってしまっていいのか。
伝えてしまってもいいのか。
声が詰まったのは、そんな自問自答のせいだ。
このまま、小野原を悪者としていれば彼女の恋が叶うことなんてないんだろう。
けれど、きっと坪井への気持ちが溢れて止まらなくて、不安で焦って。
そんな気持ちがあっての、行動なんだろうと思ったから。
(私が坪井くんと付き合えてるのは、あの合コンにたまたま参加してたからだ)
積み重ねてきた気持ちがあったわけじゃない。
それと比べてしまえば。
小野原に疎まれ睨まれてしまう、彼女にとっての〝パッと出の女〟の自覚がある。
だからこそ。
タイミングが良かっただけという複雑な思いが消えず、恐らくそれが小野原へ怒りを向けられない罪悪感になっている気がしていた。
言葉が続かなかった真衣香。
それを見ながら坪井は何やら気まずそうに息を吐いた後、ガシガシと頭を掻く仕草を見せながら途切れ途切れに言った。
「あー、この調子じゃ知らないかなって……思ってたんだけど、違ったかなー」
「……何を?」
途切れかけていた会話が、坪井の声で流れを取り戻した。
沈黙が途切れどこかホッとして聞き返せば、驚くほどにあっさりと。
「小野原さんって、俺のこと好きなんだよね。 まあ、ぶっちゃけこんなことになってんの大半そのせいでさ」
そう、答えたのだ。
「……え、し、知ってるの!? 小野原さんの気持ち!」
驚きのあまり、坪井のスーツを掴み大きな声を上げた。
真衣香の途切れてしまった言葉の続きを、いとも簡単に坪井は口にしたのだ。
真衣香の驚いた声から少し遅れて坪井が笑い声が聞こえた。
「はは、逆にそっちは知ってんの? 何で」
「見てたら何となく、そうなのかなって思って」
項垂れるようにして俯いた真衣香の頬を坪井の手のひらが包むようにして触れ、上を向かせる。
「それさ、気になってたんなら聞いてよ」
その言葉とともに見えたのは寂しそうに、いや、困ったようにだろうか?
片眉を下げて笑う顔だった。
どうしてそんな表情をさせてしまっているのだろう? 必死に真衣香は考えた。
考えながら単純に、自分に置き換えてみると。
不思議なほどにスッと坪井の表情の意味が心に流れ込んでくる気がした。
自分が――真衣香が、坪井に大事な何かを隠されて伝えてもらえなかったら。
そのせいで嫌な気持ちや不安を感じているとしたら?
(そんな不安はすぐに聞いてほしいって思うよね、だって違うんだもん、そっか……)
真衣香自信ならすぐに否定したいと思うだろう。
否定し、そして、笑ってほしいと思うだろう。
そう理解したからか。
坪井の表情に、少しの罪悪感を覚えてしまった。
だから素直に言葉にしてみようと頰に触れる坪井の手に自分の手を重ね、そして見上げるようにして視線を合わせ言った。
「ごめんね。 その……、坪井くんが知ったら嬉しくて小野原さんの方にいっちゃうかと思ったの」
「…………おー、マジか、そっち」