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小6の夏、海外へ行った。久しぶりの家族旅行だ。それなのに、俺は誘拐された。
暗くて、息の詰まるような部屋だった。
湿った埃の匂いと、カビの匂いが混ざって喉が焼ける。
凪は壁にもたれながら、かすれた声で言った。
「ほら、『あ』はこう書くんだよ」
指で床をなぞる。
灰色の埃の上に、ぎこちない文字がうかぶ。
「あかって漢字でどう書くのー?」
「『赤』だよ。ちょっとむずいけどな」
小さな子どもたち、9人が、凪の周りに集まる。
みんな、まだ幼い。7歳とか、8歳とか。5歳も。それなのにここにいる。
凪だけ足に鎖がついていた。
最初に暴れたからだ。
今はもう、そんな力もない。
「……ねぇ、おにいちゃん」
1人の子が袖を引いた。目が赤い。
「おう、どした?」
「おうち、かえりたい」
少しだけ間があく。
それでも凪は、笑った。
「帰れるよ。絶対な」
ガサガサの声で、でもはっきりと。
「ちょっと待つだけ。ほら、それまでさ」
凪は床にまた書く。
「いち、に、さん……九九やるぞ。忘れたら帰った時に困るからな」
「やだー!」
「やるんだよ!」
笑い声が、少しだけ広がった。
食事は1日一回。
腐った匂いのする何かと、固くてパサパサなパン。
凪はパンをちぎって、子どもたちに配る。
「ほら、お前も、ちゃんと食え」
「凪は?」
「俺はもう食った」
嘘だった。
でも、誰も気づかない。
気づかさない。
待った。
ただ、待った。
助けが来るのを…