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等々外にいる晴明君がどうなっているのか気になって来てる✨ 外では誰が待ってるんだろう… 最後の言葉で晴明君が現実から離れていってるみたいで最高✨ 続き楽しみにしてます!
第五話 起きた先の話
その日は、雨が降っていた。
――はずだった。
縁側の向こう、庭の上に落ちるはずの音は聞こえない。
けれど、空気だけが湿っている。
濡れているわけでも、冷えているわけでもないのに、胸の内側だけが、じっとりと重い。
「……雨、ですか」
晴明がそう言うと、隣にいた晴明公は、少し意外そうに目を瞬いた。
『よく分かったね』
「……なんとなく」
本当は、分からない。
分かる“気がした”だけだ。
晴明公は、縁側に腰を下ろし、庭を眺める。
『外では、こういう日は体に負担がかかる』
「……外」
その言葉に、反射的に心臓が跳ねる。
晴明公は、ちらりと晴明を見てから、静かに続けた。
『君が、もし目を覚ましたら、の話だ』
初めてだった。
晴明公が、自分から“目覚め”の可能性を口にしたのは。
「……起きられる、んですか」
声が、思ったよりも小さくなった。
『可能性は、ある』
はっきりとした答え。
『ただし――』
そこで、一拍置かれる。
『代償も、ね』
晴明は、息を詰めた。
「……どんな」
晴明公は、すぐには答えなかった。
代わりに、庭の石を一つ、指でなぞる。
『君の体は、長いこと動いていない』
淡々とした声。
『目を覚ましても、すぐに立てるとは限らない。
言葉も、思考も、今と同じとは言えない』
「……」
『痛みもある。
不安もある。
そして何より――』
晴明公は、晴明を見る。
『君は、独りになる』
その言葉が、胸に深く沈んだ。
「……独り、って」
『僕は、外には行けない』
静かな断定。
『君が目を覚ました瞬間、
僕は、ここにいられなくなる』
雨の気配が、少しだけ強くなる。
晴明は、視線を落とした。
「……それは」
喉が、ひくりと鳴る。
「ご先祖様が……消える、ってことですか」
晴明公は、少しだけ微笑んだ。
『消える、というより……
役目を終える、かな』
その言い方が、やけに優しくて、残酷だった。
「……役目」
『君を、ここに留めること』
はっきりと、そう言われた。
晴明は、思わず顔を上げる。
「……最初から、ですか」
晴明公は、否定しない。
『最初からだ』
胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。
「じゃあ……
ご先祖様は、僕が起きないように……」
言い切れなかった。
晴明公は、穏やかに頷く。
『君が壊れないようにね』
「……それ、同じじゃないですか」
震える声で言った。
「起きないようにするのも、
起きた先で苦しむのも……
全部、僕の選択肢じゃない」
しばらく、沈黙。
晴明公は、ゆっくりと立ち上がり、晴明の前に立つ。
『だから、選ばせている』
「……え」
『ここに、いるか』
一歩、近づく。
『それとも、外へ行くか』
さらに一歩。
『僕は、止めない』
晴明の目の前で、立ち止まる。
『ただ、結果を知っているだけだ』
それは、脅しではなかった。
説得でもない。
提示だった。
「……ご先祖様」
晴明は、震える指で、自分の胸を押さえる。
「僕が……ここにいる間」
勇気を振り絞る。
「外の僕は、どうなってるんですか」
晴明公は、少しだけ視線を逸らした。
『生きている』
短い答え。
『そして、待たれている』
「……待たれてる?」
『誰かが、ね』
それ以上は、言わない。
晴明は、唇を噛んだ。
「……じゃあ」
やっと、言葉にできた。
「ここにいるのは……逃げ、ですか」
晴明公は、すぐに首を振る。
『違う』
断言。
『これは、猶予だ』
優しい声で、続ける。
『君が、壊れずに済むための時間』
晴明の目に、じんわりと熱が溜まる。
「……僕」
声が、掠れる。
「ここにいると……
あなたが、いるんですよね」
晴明公は、微笑む。
『ああ』
「起きたら……
あなたは、いない」
『そうだ』
迷いのない答え。
長い沈黙。
雨の気配だけが、二人を包む。
「……少しだけ」
晴明は、顔を上げる。
「少しだけ……
ここに、いちゃダメですか」
晴明公の表情が、ほんの一瞬だけ、柔らかくなる。
『いいとも』
そして、決定的な一言を添える。
『君が、自分で選ぶなら』
その言葉で、胸が軽くなってしまった。
――選んでいる。
――自分で。
そう思えたことが、いちばんの罠だとも知らずに。
晴明は、静かに頷く。
「……じゃあ」
小さく、でも確かに。
「今は、ここにいます」
晴明公は、深く、満足そうに微笑んだ。
『賢明だよ、晴明』
雨は、結局、降らなかった。
ただ、外の世界で進んだ時間だけが、
誰にも気づかれず、確実に、積み重なっていく。
そして晴明はまだ知らない。
“少しだけ”が、
どれほど簡単に、永遠へ変わるのかを。