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羽海汐遠
12,098
#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
「アウレリウス。シロの上から見たら、中央の隊列が破れそうだったの」
剣戟の鳴り止まぬ戦場の中、ユーリが言うとアウレリウスは不敵に笑った。
「それでいいんだ。見ていてくれ」
地上からでは全体が見渡しにくい。けれどアウレリウスは状況を把握しているようで、次々に伝令へ指示を出していく。
やがて気がつけば、食い破られそうだった中央の隊列は持ち直している。
「中央は破られそうだったのではない。あえて退いて、魔物を誘い込んだ。包囲するためにな」
中央に食らいついた魔物は左右から包囲される形となった。前と横から攻撃を受けて、あっという間に崩れ去る。
すり鉢状に展開していた隊列が徐々に閉じて、包囲殲滅戦が始まった。
魔物たちの阿鼻叫喚の声が上がる。
「後は殲滅するだけだ」
アウレリウスは言ったが、ここで問題が起きた。
逃げ場をなくした魔物たちが、死にものぐるいで反撃してきたのである。その勢いはまさに苛烈。包囲網を突き破る可能性すらあった。
優位な立場が危うくなり、アウレリウスの表情に緊張が走る。
「アウレリウス!」
ユーリは必死に考えながら言った。
「このままじゃ被害が拡大してしまうわ。どこか一点、わざと開けるのはどうかしら」
「…………! さすがだ、ユーリ」
アウレリウスはユーリの意図をすぐに察して、力強くうなずいた。伝令に命令を出して、北東の方位で兵列を薄める。一部の魔物が包囲の外に出た。
その場所から逃られると気づいた魔物たちは、雪崩を打ってそちらへ向かう。
結果、反撃のエネルギーは全て逃亡へと差し向けられた。挙句の果てに互いに互いを踏み潰して、魔物同士で殺し合う有り様である。
包囲を逃れた魔物は、待ち構えていた軍団兵に順に斬り伏せられた。
こうして包囲と待ち伏せで魔物の群れは壊滅していった。
魔の森の奥でユリウスは苦戦していた。
影からにじみ出るように生まれる魔物たちはどれもが手強く、しかも後から後から現れてきりがない。
ユリウスだけならともかく、ロビンとヴィーは消耗し始めている。
「ユリウス」
魔物の攻撃の手をかいくぐりながら、ヴィーが言った。
「先に行って。ここはわたしたちが引き受ける」
ユリウスは答えない。彼が魔王竜と対峙するにはそれしかない。が、それはつまり二人を見殺しにするということでもある。
「今さら気にするなよ」
ロビンも言った。こんな状況なのに、いつもと変わらない口調で。
「どうせ俺らはユリウスに助けてもらわなきゃ、とっくに死んでるもん。ユリウスの悲願が叶うなら、どうってことないぜ」
「……お前たち」
ユリウスは唸るような声で言う。
今や手はそれしかない。やるしかない。
そう、ユリウスが決心しかけたそのとき。
不意に暗い森に純白の光が差した。否、光ではない。実体を持つ巨大な白が森へと舞い降りたのだ。
光り輝く白竜は、その長大な尾を打ち振るった。
バキバキと音がして大木がへし折れる。同時に影の魔物たちが白い光に飲み込まれて、次々と消えていく。
わずかばかり残った魔物たちは、怯えるように森の奥へ消えていった。
「こいつは……」
その様子を唖然として眺めながら、ユリウスは呟いた。
「シロ、……か?」
魔の森で出会った当初、シロは魔物らしい魔力を放っていた。その魔力を何百倍何千倍にも強めたら、目の前の白竜になるか。
白竜は嬉しそうに手をばたつかせて、「グルルルゥ」と鳴いた。小犬の姿であれば「わふぅん」くらいだったろう。
「間違いないみたい。首輪してる」
ヴィーがおっかなびっくり近づいて、白竜の首を触った。そこにはシロと同じく、赤い首輪が嵌っている。
「えぇー、マジで。あーでも、確かに気配は似てる……」
ロビンも戸惑いながら、白竜のそばに寄る。
ユリウスが言った。
「それでお前は、何をしに来たんだ。僕らよりユーリを守るべきだろう」
「グルルル、グゥ」
白竜は手招きをする。三人が不審そうな顔をしながら近づくと、しゅるっと毛が伸びてきた。
「うわ!」
「なに、なに」
敵意がまったくなかったせいで、ユリウスたちは不意をつかれた。順に背中に乗せられて、目を白黒させる。
白竜は長い首を巡らせて彼らの様子を見た後、空へ向かって舞い上がった。
かなりの急上昇だったが、背中の人間たちは毛でしっかりと固定されている。誰も振り落とされなかった。
「……連れて行ってくれるのかい。あの場所へ、魔王竜のいる場所へ」
びゅうびゅうと雪風が吹きすさぶ中、ユリウスは静かに問いかける。
白竜は首を曲げてユリウスを見た。その瞳は確かにシロのもの。
――ユリウスのことも、守ってあげるって決めたんだ。
ふと、そんな言葉が聞こえた気がした。
やがてじゅうぶんに高度を上げた後、白竜は森の中心部へと向かって滑るように飛び始めた。
白竜は雪の吹きすさぶ中、風を切って飛んでいく。
魔の森の上空には数多くの空飛ぶ魔物――ワイバーンやガーゴイル、果ては風竜までが旋回していた。それらは白竜とユリウスたちを見かけるや襲いかかってくる。
けれどもロビンの弓が、ヴィーの魔法がことごとくを撃ち落とした。
まれに接近を許した魔物は、白竜の背に立ったユリウスが無銘を振るって斬り捨てる。
魔の森の深部はすぐそこだ。
そして目的地である中心部を見て、ユリウスは絶句した。
「何だ、あの穴は。一月前に来たときは、あんなものはなかった」
魔の森の中心は、くろぐろとした巨大な穴が穿たれていた。底が見えないほどの深さだった。
不気味な唸り声は穴の中から響いてくる。時折ギラリと、ぬめるような漆黒が光を反射する。
最初の変化は穴の縁が崩れたことだった。巨大な爪が穴の縁にかけられて、ガラガラと崩れる。
次に真紅の光が見えた。穴の底から天を睨む光は、魔王竜の双眸。
そうしてソレはゆっくりと身を引き出す。
地の底から這い出た魔物は、白竜すらも小さく見える巨大さ。そして、魔の森全てを合わせたよりも深く昏い魔力に満ちていた。
「ついに……」
ユリウスが唸るような声を出す。
「ついに、この日が来た! 父と叔父の仇。兵士たちの仇。そして無力だった僕の過去に、ケリをつけてやる!!」
彼は無銘の柄を握る。今日この日のために作り上げた、異世界とこの世界の技術の結晶を。
無銘はユリウスの意思に呼応し、金と銀の光をあふれさせる。
魔王竜がゆっくりと頭を巡らせて、上空の白竜を見た。それから大きく口を開いた。まるでニタリと笑うような不吉の表情。
――ゴォォォォ――
大きく開けられた口の奥に、漆黒の炎が灯る。
ユリウスの脳裏に八年前の惨劇が浮かんだ。魔王竜の吐く破壊の炎は、全属性の魔力障壁をやすやすと突破する。彼の背筋に冷たい汗が流れた。
「シロ、回避するんだ。あれをまともに喰らったら、命がない!」
けれども白竜は速度を落とさない。まっすぐに魔王竜へと向かっていく。
そして白竜も口を開いた。喉奥に燃えるのは、純白の光。
二頭の竜は、同時にブレスを吐き出した。
黒炎と白炎。黒い闇と純白の光。
相反する属性の炎と輝きが激突して、閃光を撒き散らす。
ユリウスたちは振り落とされないよう、必死で長い毛に掴まった。
黒と白とはしばらく拮抗し、そのまま勝負がつかずに弾けた。轟音が鳴り響く。破壊の余波が飛び散って、周囲の魔物たちを撃ち落としていく。
けれども魔王竜も白竜も無傷だった。
必殺の|業《わざ》が不発に終わり、魔王竜の真紅の瞳に憎しみの色が灯る。
白竜はいよいよ距離を詰めていく。間近に迫った魔王竜の左目は、よく見れば濁っている。
八年前にユリウスが剣を突き入れた傷だ。
右の翼の付け根を見れば、やはり傷跡が残っている。アウレリウスの魔法が撃ち抜いた傷。
白竜は突撃の速度を落とさず、魔王竜の喉笛に噛みついた。長い体を相手に巻き付けて、締め上げるようにする。
ユリウスは白竜から魔王竜の頭の上に飛び乗った。
「食らえ!」
無銘の一撃は、確実に魔王竜のまぶたと眼球を切り裂いた。八年前のあのときは、渾身の力で目玉を傷つけるのが精一杯だったのに。
魔王竜が苦悶の声を上げる。絡みつく白竜を太い爪で引き剥がそうとしている。爪は白竜に食い込んで、鮮血を吹き出させた。
ユリウスは魔王竜の両目を潰し、目に無銘を突き立てる。が、巨大な敵は脳まで刃が達せず致命傷にならない。次の手を考えなければならない。
――竜種は関節部であれば、ウロコの強度がやや落ちる。
ここ数年の研究成果である。
ユリウスは魔王竜の翼を見た。未だ傷跡の残る右の翼を。
この化け物に飛行を許せば不利になる。
ユリウスは魔王竜の頭から背中へと飛び降りて、一気に翼へと肉薄した。彼の動きに気づいた魔王竜が、翼を激しく動かしてくる。
嵐のような風圧を耐えきって、ユリウスは右の翼に無銘の一撃を叩き込んだ。
そこに残る古傷、アウレリウスの魔力の残滓を目印として。
――ギャアアアァァァッ!
魔王竜が悲鳴を上げる。右の翼は古傷ごと断ち切られていた。
降りしきる雪の中に血の赤を振りまきながら、巨大な翼が地に落ちる。
両目から血の涙を流し、苦痛のあまり暴れまわる魔王竜はとうとう白竜を振り切った。白竜の長い毛は、そこかしこが血に染まっている。
漆黒の体から無数の触手が生えてくる。それは一本一本が鋭い刃となって、ユリウスに襲いかかった。
「小手先の技に頼るようじゃ、先が知れるよ!」
ユリウスは触手を斬り伏せ、回避する。
けれどこのままではジリ貧だ。目配せすれば白竜がすぐそばを飛んで、ユリウスは飛び乗った。
「さて、どうするかな……」
互いに決め手を欠く状況である。
ユリウスと白竜は魔王竜に小さな傷は与えられても、決定打がない。
魔王竜は黒炎のブレスを封じられ、軽傷を負い続けているが致命傷に程遠い。
一瞬の油断が破滅を招くという意味では、ユリウスの方が不利だろう。
「もう一度試してみる。ロビン、ヴィー、あの邪魔な触手を払っておいてくれ」
「分かった」
ユリウスが跳んだ。落下の自重をプラスして、無銘の刃を魔王竜の首筋へと狙いを定める。
だが。
――キンッ!
ウロコ数枚を弾き飛ばしただけで、首に傷を入れるのはできなかった。
急所であるだけに守りも固い。いかに名刀といえど一刀両断は遠かった。
コメント
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うわあああ第70話、めっちゃ熱かった…!!😭🔥 シロが白竜になってユリウスたちを助けに来たシーン、本当に鳥肌立ったよ…!「ユリウスのことも守るって決めたんだ」って言葉が聞こえた気がしたところ、エモすぎて泣いた。過去の自分と向き合うユリウスの決意もかっこよすぎるし、アウレリウスとユーリの連携も見事でめっちゃ胸熱だった!💕 魔王竜との決戦、まだまだ続く感じだけど、この一戦でみんなの成長がぎゅっと詰まってて感動した…!続き楽しみにしてる〜!