朝が来たな。いつものアレの感覚がある。起きるとしようか。背中は相変わらずむず痒い。
〈ノア様!朝よ!今日はちょっと曇ってるわ!〉〈おはようノア様!変な雲じゃないのよ!でも雨は降りそうなのよ!〉
レイブランとヤタールがそれぞれに挨拶をしてくれる。そうか、今日は雨が降りそうなのか。
とはいえ、以前のような誰かが生み出したものでは無く、自然現象の雨のようだ。濡れた体を乾かすための石板でも家の中に入れておくか。
体を起こして周囲を見渡せば、私達以外は誰もいない。既に外へ出て昨日の続きをしているのだろう。私も早いところ自分のエネルギーを自在に扱えるようにしなければ。
外に出て、家から少し距離を取る。石のオブジェクトのジャグリングを終わらせて、エネルギー制御の修業に移行する。
昨日やっていたようにエネルギーを1ヶ所に集め、意識を集中させる。七色の均等に混ざり合ったエネルギーを、一色一色正確に認識するのだ。
やはり、難しい。
いや、できてはいるんだ。できてはいるが、時間が掛かる。そして認識ができただけだ。分別まではできていない。このままでは、エネルギーの色分けを自在に扱えるようになるのは、まだまだ先になりそうだ。やり方が悪いのだろうか?
一旦、集めたエネルギーを霧散させて、考えてみよう。
何故こうも認識に時間が掛かるのか?それは、私のエネルギーの色が均等に混ざり合っているから、どれも同じように感じてしまう。泥水を土を水を分離させずに互いを別々に認識するようなものなのだ。
つまりは、私のエネルギーの質に問題があると。もう少し認識しやすいようなエネルギー状態に出来ればいいのだが、それをしたいから、エネルギーの色分けをやっているわけで…。
いけない、なんだか土壺にはまっているような気がする。考えるのはひとまず置いてもう一度、エネルギーの色の認識から始めてみよう。
既に日は昇り切っているにも関わらず、私は未だにエネルギーの分別ができていないでいる。
だが、少しずつではあるが認識までの時間は確実に短くなってはきていた。この調子で継続していけば、より素早く認識が可能になるだろう。
だが、現状に満足していてはいけない。未だに色の分別すら碌にできていないのだから。
〈ご主人、昨日のお昼過ぎから、ずーっとじっとしてるよね?図形、作らないの?〉
「ん?あぁ、ウルミラ。私が今のまま図形を作って事象を発生させた場合、間違いなくこの広場と同じ物を量産することになるからね。何とかして自分の力の色を一色だけ使えるようにできないか試しているところなんだ。ただ、それがかなり難しくてね。色の分別どころか、認識すら時間が掛かっているのが現状だよ」
図形を組み立てずに集めたエネルギーと睨めっこし続けている私を、疑問に思ったのだろう。ウルミラが私の傍まで寄って来て訪ねた。
〈あー。確かにご主人がそのまま使っちゃったらそうなっちゃうか。確か、レイブラン達と同じように『空刃』を使ったら、空の雲が割れちゃったんだっけ?〉
「そうだね。だから、そこまでの威力になってしまった一番の原因である色の数を何とかしようと思っているんだ」
私の隣で伏せをしてこちらを見るウルミラの首周りを撫でながら、私の目的を説明する。尻尾を振りながら、目を閉じて気持ちよさそうにしている表情がとても愛おしい。
そして、ふと思いついたように、ウルミラは私にとって天啓ともよべる意見を述べてくれた。
〈ご主人なら、意志の力で力の色分けぐらいできるんじゃないの?〉
「ウルミラ?」
〈だって、ご主人は力に『熱くなれ』とか『凍れ』って意思を込めるだけでその通りにできちゃうでしょ?だから、色分けも『分かれろ』って感じの意志を込めればできちゃうんじゃないかなって〉
なんてこった。私は先程まで”意味を持った形”やそれを組み立ててできる図形に意識を持って行きすぎて、エネルギーに意思を込めて事象を発生させられることを、完全に失念していた。
思わずウルミラを抱きしめる。
もう、感謝しかない。おかげで、一気に先へ進めそうだ。
「ありがとう、ウルミラ。大事なことを気付かせてくれて。君には感謝しかないよ。本当にありがとう」
〈ご、ご主人?感謝してくれるのは、良いんだけど、できれば、ほんの、ちょっとだけで、いいから…優しく、抱きしめて、くれるかな!?〉
「!?……ごめんよ。嬉しすぎて力の加減を間違えてしまった。大丈夫?」
嬉しさのあまりウルミラを抱きしめる力が入りすぎてしまっていたらしい。苦しそうなウルミラの声が聞こえてきた。
直ぐに腕の力を抜いて、謝罪しながらウルミラを解放する。危ないところだった。私の力の制御もまだまだだな。
〈大丈夫だよ。ちょっと苦しかったってだけだから。ご主人は心配しすぎじゃないかな?〉
「意図せずに君達を傷付けてしまうことなど、私は嫌だからね。心配にもなるさ。それはそうと、本当にありがとう、ウルミラ。おかげで、私も気負うことなく図形を組み立てられそうだ」
〈役立てたなら良かったよ。それじゃ、邪魔しちゃ悪いし、ボクはもう行くね?〉
尻尾を振りながら、ウルミラが私の元から立ち去っていく。
名残惜しいが、今はそれどころではない。今ならいけそうな気がするのだ。エネルギーに意思を込めて色分けをしてみよう。
両手を胸の前に出し、手のひらをこちらに向け、手のひらに図形を一つ作れる量のエネルギーを集めていく。
両手に集まったエネルギーを一つにしてエネルギーに意思を乗せる。乗せる意思は『識別』と『理解』、そして『整列』。『識別』と『理解』だけでも認識できるかもしれないが、分かりやすくするならばきちんと揃えた方が良いと考えたからだ。
2つの意志を乗せ、集めたエネルギーに瞼を閉じて意識を集中する。
…エネルギーの性質が正確に把握できてくる。『整列』の意志を込めたおかげか、認識し易くなっているのだと思う。
上手くいったようだ。私の均一に色が混じり合ったエネルギー。それがしっかりと一つ一つの色で認識できている。
色を個別に認識できるようになった両手に集まっているエネルギーに、『分離』の意志を色ごとに込めていくと、七色のエネルギーが、オレンジ、紺、赤、水色、緑、黄、紫の球状となって分裂し、両手のひらの上に漂い始めた。ここまでは順調だ。
次に、それぞれの球体を操作できるか確かめてみる。この分かれて一色になったエネルギー達で図形を作り、事象を発生させることができれば、言うことは無い。ひとまずの目的達成になるだろう。
水色のエネルギーに意識を向けて『空刃』を発生させるための”意味を持った形”を作り上げる。エネルギー量が足りなくなるかと思ったが、量、密度、色数はそれぞれ独立しているらしい。問題無く図形を作れるエネルギー量を確保できた。
でき上った図形を念のため上空に『空刃』が射出されるように傾ける。図形の形状に不備は無い。いざ、発動だ。
やった。
目論見通り図形から射出された『空刃』の威力は、森の内部でも問題無く使用できる威力となった。この威力ならば、この辺りの樹木に撃ったとしても、多少の傷はついてしまうっても両断されるようなことは無いだろう。
威力としては一色のエネルギーで撃ったにも関わらず、レイブラン達の『空刃』に若干劣る程度だった。
これは、私のエネルギー密度が彼女達よりも大きいことが原因だろう。一色でこの威力なのだ。もう一色加わっただけでも、その威力は平然と森の中で扱えるものでは無くなってしまう気がする。
さて、何とかしてエネルギーの色を分けて使用することができたわけだが、流石に手間が掛かりすぎる。直ぐに使えるようなものでは無い。
これから毎日修行を重ね、もっとスムーズにエネルギーの色を分けて使用できるようにしたい。最終的には、意思を込めずとも問題無く色を分けられるようにしたいな。少なくとも、意志を込めずとも一色ごとに認識はできたのだ。いずれはできるようになるはずだ。
それはそれとして、皆が見せてくれた図形をそれぞれの色で一通り試してみよう。やりたかった事ができるようになって、少し興奮してきた。
一通りの図形を試し終わるころには日が沈みきっていて、辺りは真っ暗だった。皆もとっくに家に帰って来て休み始めている。私も今日は寝るとしよう。
そういえば結局、雨は降らなかったな。
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