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「先生…大丈夫じゃないですよね。義母が先生にご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございません」
最初に和子が隆也に迫った時もそうだったが、心の底から申しわけないと思い、美晴は目の前の彼に深く謝罪した。
「顔を上げてください、美晴さん」
隆也は爽やかな笑顔を見せた。「あなたが悪いわけではありません。むしろ味方になってくれたおかげで、僕も強くなれました。美晴さんには感謝しています」
何度も謝らないでください、と言って笑ってくれた優しい彼を、これ以上苦しめたくない。早く和子を断罪したくなった。
しかし、ただ訴えるだけではだめだ。もっと徹底的に追い詰めないと、あのクズ一家は崩壊させられない。母親・息子ともども地獄へ堕とさなければ。
「もっと調査しましょう、先生。私も探します。いろいろ聞き込みしてみます!」
「美晴さん…どうしてそこまで親身になってくださるのですか?」
「言いたくても言えない気持ちがわかるからです」
隆也は言葉に詰まった。美晴も和子に苦しめられている被害者なのだ。
「でも、私、自分でも思った以上に先生が苦しまれている姿を想像するのは辛いみたいです。だから早く、中ボスをやっつけましょう!」
張り切って言うと、プッ、と吹き出された。
「すみません…笑っちゃいけないのに…くくっ。松本さんのことを中ボスって」
腹を抱えて隆也が笑っている。本来の彼の持ち味である明るい表情も、和子のせいで影のあるものになっていたのが、今の雰囲気ですっかり消えていた。今はただの一人の青年が、楽しそうに笑っているだけに見えた。
隆也があまりに笑うものだから、美晴もつられて笑ってしまった。
結婚してから、初めてきちんと息が吸えた気がした。
ひとしきりふたりで笑い合ったが、本来の目的を忘れてはいけない、と美晴は真剣な表情を取り戻した。
「義母を訴えるのであれば、いい弁護士を紹介しますよ」
「それはありがたいです。ぜひ、紹介してください」
美晴は早速亜澄に連絡を取った。この足で彼女のもとを訪れると、亜澄は義母が過去に起こしてきた類似のセクハラ問題をすべて示談で片付けてきた証拠を出してきた。
「…こんなに被害者がいたなんて」
すべて隆也のような若く美麗な男性ばかりだった。大体が花、お茶、ダンススクール、手芸教室、料理教室などを渡り歩き、それぞれで問題を起こしていたようだ。行き過ぎると全て利権を行使し、示談に持ち込み、金を握らせてきた模様。
どうやって調べたのか気になった美晴は、こっそり尋ねてみた。「亜澄さん、この証拠はどこから手に入れたのですか? もしかしてこれも電話番号で…?」
「そのとおり」ニッと亜澄が不敵に笑った。「松本和子が登録している電話番号から、該当しそうな人間をすべてAIがピックアップして割り出したの。AIの精度はすばらしいものよ。悪用できないから限られた者しか利用できないけれど、運営側が認めてくれたらどんなことでもできるわ」
「すごいですね…!」
「AIの技術は素晴らしい反面、悪用もできてしまう。それだけはぜったいにしてはいけないと思っているの」
「亜澄さん…」
「でも、悔しい思いや辛い思いをしているひとを豊かにするために、この技術を使うことはいいことだと思う。賛否両論あるとは思うけれど、でも、綺麗ごとだけじゃ世の中やっていけない。クズを制裁するには、それなりのやり方があるのよ」
亜澄も傷ついてきた側の気持ちがわかる人間だ。彼女の言葉は深く重かった。
「亜澄さん。これだけの証拠があれば、松本さんを訴えることはできるのでしょうか?」
「それは造作もないことだと思う。まあ、隆也先生の地位が心配だけど、こんなクズはさっさと地獄へ沈めたら怖いものもなくなるわ」
「隆也先生、いざとなったら私も味方しますから! 先生はすごくダンスの技術がある方ですから、もし日本で活動ができなくても、海外があります。この人たちの手の届かない所で活躍しちゃえばいいんです!!」
「…ありがとうございます」
正直今回のことで女性不信になりそうだったが、美晴のお陰で払拭された。世の中には嫌な女性もいるが、美晴のように素晴らしい女性もいるのだ。彼女はクズ一家に捕らえられていて、酷い夫に虐げられていたのだ。それを考えただけで自分が和子にセクハラを受ける以上に腹立たしい気持ちになった。
こんなに優しい美晴を苦しめる存在は――許せない。彼は決意した。
「松本和子を訴えます!!」
亜澄と美晴の目が輝いた。隆也の決意に対する期待と共感が溢れている。
「では、早速手続きを始めましょう」と亜澄が冷静に言った。「証拠は揃っているし、私がしっかりサポート・弁護します。松本和子の地位と影響力がどれほど強くても、先生の正義は曲げられません」
美晴は隆也の肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。「そうです。隆也先生、私たちはどんなに困難な道でも共に戦います。あなたの尊厳を守るために」
隆也は深く頷いた。心の中に確固たる決意が沸き起こった。自分のことよりも、今、目の前にいる美晴を守りたいと思った。彼女よりもまだ若く頼りない存在だが、自分のことをここまで案じ、助けてくれた人が幸せであって欲しいと心から願った。
そのためにはまず、松本和子を倒すことが先決だ。
隆也はぐっと拳を固めた。