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グリルタ
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遠足当日、学校の校庭に集まってバスに乗るのを待つ間、晶子はそっとカンナに近づいて弁当箱を渡した。
「山室さん、これ」
カンナは教師たちに見つからないように、こっそりそれを自分のリュックに入れた。
「助かったぜ、篠崎。弁当、一緒に食うか?」
「うん、一緒に食べよ!」
クラスごとに大型バスに乗り込み、奥多摩へ向かう。晶子はカンナの隣に座りたかったが、出席番号順に座席が割り振られたため、行きの時間はずっと窓の外を眺めていた。
午前中に小さな鍾乳洞の見学で歩き回り、川の近くのキャンプ場の一角で昼休みになった。
晶子が隅っこの場所にレジャーシートを広げていると、リュックを頭の上に乗せたまま器用に歩くカンナがやって来た。
「篠崎、そこでいいのか?」
晶子がうなずくと、長そでシャツに半ズボンという、相変わらず男の子のような服装のカンナはシートの上に胡坐をかいて座った。向かい合う形で晶子は紺色の吊りスカートを広げて両足を後ろに曲げた女の子座りをする。
二人は弁当箱を覆っている布巾を外し、同時に蓋を開ける。カンナが弁当箱の中身をじっと見つめた後、つぶやいた。
「普通だな」
晶子は少し不安そうな顔になって訊いた。
「え? こういうの好きじゃなかった?」
「いや、そうじゃなくてさ。もしかして篠崎の母ちゃん、わざわざオレに合わせてくれたのかなって思って?」
弁当箱の中身はピンクのデンブをまぶしたご飯、卵焼き、タコさんウインナー、マヨネーズを添えたミニトマトと短冊形の生キュウリ、甘煮のニンジン。
晶子はカンナの言っている意味が分からず、首をひねる。
「お弁当ってだいたいこうだよ、いつも」
カンナは意外そうな表情で、晶子の顔と弁当箱の中身を交互に見比べた。
「そうなのか? 篠崎の家は踏切の向こう側だからもっと違う物食ってるのかと思ってた」
「違う物ってどんな?」
「鳥の丸焼きとか、ナイフとフォークで食うような、オレが見た事もないようなごちそう。昔オレの母ちゃんが作った弁当とそんなに変わらないからさ」
「あはは、まさか。うちのご飯だって普通だよ」
「じゃあ、昨日の晩飯何だった?」
「ええと、サバの味噌煮でしょ。ポテトサラダ。あとご飯とお味噌汁」
「やっぱり普通だ。うちも母ちゃんが仕事休みの日は、週に一回ぐらいはそんな飯だ」
「だから、あたしの家は普通なんだって。さあ、食べようよ」
「おっと、そうだな。じゃ、いあただきます、っと」
しばらく弁当を味わったところで、口の端にご飯粒をつけたカンナが言う。
「普通だけど、うめえ! 篠崎の母ちゃん、料理うまいんだな」
カンナは弁当箱を高く持ち上げて、ガツガツとご飯をかき込む。晶子は水筒のお茶を蓋に注いでカンナに手渡した。
先に食べ終わったカンナはお茶をごくごくと飲みながら、満足そうな表情を顔いっぱいに浮かべていた。
食べ終わって弁当箱の蓋をしながら、晶子は気になっていた事をカンナに訊いてみた。
「うちのクラス、何人か来てない子いるよね。やっぱりお弁当の事かな?」
カンナは両手を後ろに伸ばして体を支え、満腹感全開の表情で答える。
「多分そうだろうな。どこのクラスにも4人ぐらいいるぞ、そういうの」
「山室さんは来れてよかったね」
「ああ、篠崎のおかげだ。そうだ、オレたち、友達だよな?」
「う、うん、あたしはそのつもりだけど」
「じゃあ、下の名前で呼ぼうぜ。知ってるかもだけど、オレはカンナ」
「うん、そうだね。あたしはショウコ」
「晶子か。いいなあ、女の子っぽい名前で」
「カンナだって素敵な名前じゃない。なんかアニメの主人公みたい」
「そんないいもんじゃないよ。これ見てみろよ」
そう言ってカンナは自分のリュックについている小さな名札を晶子に見せた。そこには「山室環七」と書いてあった。
「オレの名前、漢字でこう書くんだ」
晶子は名札の字をじっと見て、何かを思い出そうとしていた。
「難しい字だけど、どこかで見た事あるような」
「東京の外側ぐるっと回ってる大きな道路があるだろ」
「ああ、確かカンジョウナナゴウセンって言うんだよね。お父さんが車運転して通った事ある」
「略してカンナナって言うんだ。オレの名前、ここからつけたんだって」
「どうして道路の名前?」
「オレの父ちゃん、若いころ暴走族やってたんだよ」
「暴走族って、大勢でオートバイで大きな音立てて走るアレ?」
「それ。で、しょっちゅう環七を走ってたんだってよ。それをオレの名前にしやがったんだ。初めて会ったやつはみんなカンナナって読むんだよな、この名前」
晶子は何と言っていいのか言葉に詰まった。少し無理して笑顔を作ってカンナに言う。
「ええと、でもキラキラネームってほどじゃないし」
「オレのはそんなの通り越してDQN(ドキュン)ネームって言うんだよ。そんな名前つけられる子どもの身にもなれってんだよな」
「う、ううん、あはは」
もう晶子は笑ってごまかす他なかった。カンナは後ろにのけぞっていた体を起こして、晶子の顔を見つめた。
「で、弁当のお礼なんだけどさ」
「だからお礼なんていいって」
「いや、そうはいかねえよ。人に恩を受けたら返すのが人間の礼儀だって、うちの父ちゃんいつも言ってるし」
「だから大げさだってば、恩なんて」
カンナは晶子の言葉が耳に入っていないようで、腕組みをして考え込んでいた。そして、パンと自分の膝を叩いて言った。
「よし、オレが今日から晶子の用心棒になってやる」
「用心棒?」
「晶子、よく男子にいじられてるだろ?」
「ああ、うん、あたしとろいから」
「そん時はオレが守ってやる。晶子をいじる奴はみんなオレがぶっ飛ばす」
「ええ! そんなのカンナちゃんが危ないよう」
「知らねえのか? オレ男子とでもけんかして負けた事ないんだぜ。よし、今日から晶子はオレが守る!」
「そ、そう? ううん、じゃあお願いしようかな」
「おお! 任せとけ!」
教師が拡声器でバスに戻るよう呼び掛けた。弁当箱とレジャーシートを片づけながら、晶子はカンナのきびきびした動きをちらちらと見ていた。
「よし、行こうぜ、晶子」
そう言って先に歩き出すカンナの後ろ姿を見つめながら、晶子は珍しくうきうきしていた。
用心棒うんぬんの話はともかく、カンナとすっかり仲良くなれた事が、なぜか無性にうれしかった。
コメント
1件
うわあ、このエピソードすごく良かったです。晶子がカンナに弁当を渡すところから始まって、「普通だな」って言われた時の晶子の不安そうな顔が目に浮かびました。でもそこからお互いの家庭環境の話になって、名前の由来で環七の話が出てきたのは意外で深かったです。最後にカンナが「用心棒になる」って言い出す不器用さと優しさがじんわり来ました。晶子の「無性にうれしかった」っていう気持ち、すごく分かります。