テラーノベル
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アンソロジーに参加させていただきました。10月末まで妄想を止められませんでした、すみません…
琥珀さん、素敵な企画をありがとうございます。
数箇所文字化けが確認できたため、修正&再掲させて頂きました。
目を覚ますと、部屋には静寂が横たわっていた。
冷房で冷えた肌に残る余熱が、やけに苦しい。
視線を横に移す。けれど、そこにアメリカさんの姿はなくて。
シーツのシワを、昨夜の彼を真似してそっとなぞってみた。
夢だったのかなぁ、とぼんやりする頭で彼の名残を探す。
テーブルの上に、やわらかな影が揺れていた。
近寄ると、それが花だとわかる。
ゆらりゆらりと儚げに揺れる、淡い紫色の花弁。
名前も見た記憶もないその花をスマホに読み込ませる。
「……ギリア………。」
花言葉は、『気まぐれな恋』。
画面に表示されたその言葉を、しばらく黙って見つめいていた。
気まぐれ、か。
そんな呟きが漏れた。
きっとそういうことだ。
お互い酔っていたし、理性なんて残っていなかった。
気まぐれに踏み越えてみただけの境界線。
一夜明けてしまえば、何もなかったことにするのが正しいのだろう。
それでも一度溶けた心の輪郭は簡単には戻せなくて。
ギリアをコップから引き抜き、シンクに水を流す。
換気扇の音が、やけにうるさく響いていた。
***
「………痛ぇ…………。」
頭が割れそうな勢いで痛む。
こんなに酷い二日酔いなんて、何年ぶりだろうか。
それでも、昨夜の記憶だけはやけに鮮明に残っている。
最初に視線が絡んだ時、何も言えなくなった。
酒に背中を押されなければ、あんな風に抱き寄せることも、唇を奪うこともできなかった。
だから、だろうか。
目が覚めた時、安らかな寝息を聞いてどうしようもなく怖くなったのだ。
酒に弱いこいつが、何も覚えていなかったら。
押しに弱いこいつが、流されただけだったら。
気が付くと、床に散らばった服を掴んでいた。
日本が目覚める前に、逃げ出すために。
でも、せめて伝えたかった。
自分がどれだけ臆病で、ずるくて……深く、日本を想っているか。
ギリア。
永遠の愛を示す、紫の花。
伝えようか迷っていてずっとカバンに閉じ込めていた、一途に天を目指す花。
少し前に買ったせいで萎びてしまっていたけれど、それが自分の積年の想いに重なって見えて。
あの小さな花に、全てを託した。
「……アメリカさん。」
不意に聞こえた愛おしい声に顔を上げる。
視線がかち合うと、怯えたように黒の宝玉が揺れた。
「……おはよう、ございます。」
「…おぅ、おはよう。」
返事をしながら、よそよそしいその声に心がざわめいていた。
***
あの日から、まともにアメリカさんの顔を見れない。
昼休みのチャイムが鳴った時、書類の上に視線を落とすフリをした。
「日本、昼行かないか?」
こちらの様子を伺うような、いつもより低い声。
少しだけ間を置いて、とても集中していました、とでも言わんばかりに瞬きをする。
「……すみません。急ぎの資料があって。」
そうか、とだけ残して彼が去って行く。
本当はそんな用事なんてない。
紙の束を眺めながら、味のしなくなったおにぎりを押し込む。
退社の時間が近付くと、耳慣れた足音がした。
「日本、ちょっと話が……」
「ごめんなさい。……明日までの案件、先方からのメールがまだで。」
言い終わる前に頭を下げて、デスクに向かう。
背中に感じる視線が痛い。
『気まぐれ』。
なんて素晴らしい言葉だろう。
ただ吹いただけの風に、草を揺らしたと怒る人はいない。
ならば、こうやって黙っているのが一番だ。
路傍の草は、花束になんかなれないのだから。
***
帰宅して、もう明けた梅雨を思い返すような空気にため息を吐く。
ネクタイを外して、ボタンを2つ外しても息苦しさは薄れなかった。
キッチンのカウンターに置いていた古い箱を、何気なく手に取る。
昔の社内行事の写真や思い出の品を詰めた箱だ。
煩雑に転がる記憶の山の中に、一枚だけ、折れた端をセロテープで補強してある写真があった。
何年も前。
恐らく、俺が日本への思いを自覚する前に撮った、最後の写真。
部署のみんなの中で日本は珍しく、口を開けて笑っていた。
俺の隣で。
肩に触れる温もり。紅潮した頬。やわらかに鼻をくすぐる甘い香り。
思い出した瞬間、胸がぎゅっ、と締め付けられた。
写真を机に置いて、顔を伏せる。らしくもなく腕が垂れ下がる。
本当は、ずっと好きだと言いたかった。
けれど、黙っていればあの笑顔をずっと特等席で眺めていられると思っていたから。
でも俺が、その距離を壊してしまった。
取り返しのつかないところまで、突き進んでしまった。
俺が、あの笑顔を手折ってしまったのかもしれない。
ならば……
「……ちゃんと終わらせるしか、ないだろ。」
喉の奥で言葉が震えた。
ごめん、と呟いた言葉が床に落ちる。
せめて、最後は潔くいたい。
明日、話をしよう。
俺に向けてでなくていいから、心から笑ってほしい。
ようやく戻った自分らしさに写真の中の日本が少し、安心したように笑ってくれた気がした。
***
一刻でも早く背に刺さる視線から逃げ出したくて、手早く荷物をまとめた。
廊下を足早に抜け、一目散に出口を目指す。
「日本!」
呼ばれて、足が止まった。
振り返るのが怖いのに、どうしてもその姿を目に入れたくなってしまう。
「今日は、一緒に帰ろうぜ。」
大柄な肩が、少し荒く息をしている。
「……いえ、僕は……。」
「いいから。」
有無を言わせない声。
いつもはキラキラと無邪気に輝く瞳が、ひどく真剣に光っていた。
「……わかりました。」
夜の空気は冷たくて、昼間よりも空いてしまった空間をよく撫でる。
会社の明かりが遠ざかり、ふたり分の影が歩道に伸びる。
「……日本。…俺のこと、ちゃんとフってくれ。」
会話の火蓋を切ったのは、そんな彼の言葉だった。
驚いて顔を上げる。
「……フったのはあなたでしょう?」
整った眉が訝しげに顰められた。
「お前に避けられてるのは俺だろ?」
「……だって、あの花の意味は……!」
叫んでしまって、言葉に詰まった。
りぃん、とどこか遠くで風鈴が鳴っている。
「……気まぐれ、なんでしょう?」
驚いたように青い瞳が揺れる。
夜風が彼のシャツの香りを運んできた。
あの日のことを思い出して、息を整えようにも喉の奥がうまく動かなくなる。
「……そうか。そう思ったんだな。」
乾いたアスファルトに、そんな声がポツリと落ちる。
日本、という声にあげた視界に、穏やかな光を灯すターコイズが映った。
そのやわらかな輝きに、いつの日かの優しく揺れる花びらが蘇る。
捨てられなかった、紫の花が。
「ギリアはちょっと変わった花でな。すぐ風に折れちまいそうなのに、強くて、頑固に生き延びる……。」
アメリカさんの声が言葉を噛み締めるように途切れた。
「『永遠』のシンボルだ。」
「……へっ………?」
間抜けな声を出した僕に、照れくさそうにアメリカさんが微笑んだ。
らしくもねぇことするからこうなるんだよな、と骨ばった指が頬をかく。
「日本。好きだ。…ずっと前から、お前が好きだ。」
涙がこぼれそうになるのを、必死で耐えた。
肩に置かれた手が、微かに温かい。
「……僕も、です。」
じんわりと胸に広がる温もりに従って、言葉を絞り出した。
そっと頬に触れる手が、あの日のように僕を抱き寄せる。
しきりに舞い落ちる花びらのような彼の鼓動を感じて、顔が熱くなった。
次の瞬間、唇が重なる。
気まぐれなんかじゃないほど、深く。
彼の腕の中で息をして笑い合う。淡紫にひらめく、夢のような光景。
この瞬間を、永遠にしたいと思った。
(終)
コメント
4件
素晴らしい…素晴らしいですよにわかさん。「気まぐれな恋」と「永遠」という花言葉の乖離が想いのすれ違いになるなんて、発想の天才じゃないですか。ギリアの花言葉で自分の気持ちに気づいてもらおうとするアメリカさん、ロマンチックでどこか臆病だね。でもちゃんと最後には想いを伝えて、誤解を解くことができたから本当に良かった。幸せになれよ、2人とも。 あと、私の書き方が良くなかったですが、あの期限はアンソロジーとして電子書籍化する際掲載する作品の投稿期限であり、投稿自体はいつでも大丈夫です。あの文章じゃ分からないですよね、すみません。 そして、ご参加と告知、ありがとうございます!何作品でも受け付けますので、気が向いたらまた作品を書いてくださると嬉しいです。
◯んだぁ…((パァァ…ッツ昇天🪽 ↑尊すぎて