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FORSAKENでは最近、小さな問題が発生していた。
ノスフェラトゥが。
あらゆる会話を。
「欲しいと言いなさい」に持ち込もうとするのである。
原因は明白だった。
以前、スペクターに言われた。
「ちゃんと欲しいと言いなさい」
あの一言。
たった一言。
それが致命傷だった。
普通なら屈辱。
ノスフェラトゥには違った。
脳が。
変な方向に。
壊れた。
結果。
現在のノスフェラトゥは、
「欲しいと言いなさい」
を聞くためだけに生きている。
そんな状態だった。
その日。
スペクターは執務室で書類を処理していた。
静かな午後。
平和な時間。
そこへ。
コンコン。
「主様」
来た。
スペクターは察した。
また来た。
絶対面倒くさいやつだ。
扉が開く。
ノスフェラトゥが入ってくる。
異常に真面目な顔。
国家滅亡級の報告でもあるのかという顔。
そして。
スッ。
膝をついた。
「……」
「……」
スペクターは黙る。
ノスフェラトゥは書類を差し出す。
スペクターは見る。
経費精算書だった。
先月分。
トイレットペーパー。
「……」
「……」
スペクターは悟った。
こいつ。
また始める気だ。
しかし。
ここで少し意地悪したくなった。
「おや」
スペクターは微笑む。
「この書類が欲しいのかい?」
その瞬間。
ノスフェラトゥの脳が爆発した。
「ッ!!!!!」
来た。
来てしまった。
欲しいのかい。
欲しい。
欲しいという言葉。
入口だ。
あの伝説のイベントの入口だ。
「はっ……!」
ノスフェラトゥは書類を抱き締めた。
「欲しいです……!」
早い。
食い気味だった。
「欲しい……っ!」
早い。
二回言った。
「私は……貴方のサインが……!」
始まった。
「欲しい……っ!」
始まった。
「どうか私に……!」
始まった。
「黒インクの軌跡を……!」
完全に始まった。
スペクターは真顔になった。
「ノスフェラトゥ」
「はいっ!!」
「それ経費精算書」
「はいっ!!」
「トイレットペーパー代」
「はいっ!!」
「サインしないと経理が通らない」
「はいっ!!」
「だから持ってきたんだろう?」
「…………」
沈黙。
ノスフェラトゥ停止。
CPU使用率100%。
処理中。
処理中。
処理中。
エラー。
「え?」
やっと出た言葉がそれだった。
スペクターはペンを取る。
さらさら。
さらさら。
一秒。
二秒。
三秒。
終了。
「はい」
終わった。
ただの事務処理だった。
ノスフェラトゥは呆然とする。
(違う)
(こんなはずではない)
(もっとこう)
(精神を揺さぶる感じの)
(おねだりイベントが)
(あるはずだった)
スペクターは書類を返した。
「そんなにサインしてほしかったのかい?」
クスクス笑う。
ノスフェラトゥの脳内。
ドォォォォン!!!
爆発。
「そんなにサインしてほしかったのかい?」
リピート。
「そんなにサインしてほしかったのかい?」
再生。
「そんなにサインしてほしかったのかい?」
永久保存。
「あっ」
落ちた。
完全に落ちた。
顔が真っ赤になる。
「主様……」
「うん?」
「私は幸せです……」
「なんで?」
「なんでもありません……」
スペクターは首を傾げた。
本当に意味が分からなかった。
「じゃあアズールに届けておいで」
「ははっ!!」
ノスフェラトゥは書類を抱えた。
異様に嬉しそうだった。
経費精算書なのに。
トイレットペーパー代なのに。
廊下へ出る。
そこにアズール。
書類を見る。
ノスフェラトゥを見る。
もう一度書類を見る。
「……それ何?」
「宝物だ」
「トイレットペーパー代だよね?」
「宝物だ」
「経費精算書だよね?」
「宝物だ」
「話通じないな」
アズールは頭を抱えた。
ノスフェラトゥは嬉しそうだった。
本当に嬉しそうだった。
「明日こそは……」
「何?」
「業務報告書で本物の『欲しいと言いなさい』を引き出してみせる……!」
「仕事を調教イベントに変換するな」
アズールのツッコミが廊下に響く。
しかしノスフェラトゥは聞いていなかった。
なぜなら彼の脳内では今も、
「そんなにサインしてほしかったのかい?」
が無限リピートされていたからである。
重症だった。かなり。