レオンとミラン学園長の間に沈黙が広がる。
ミラン学園長は在学時優等生で常に冷静だったレオンから、レオンらしからぬ「未来を見てきた」などという意外な言葉にどう反応したら良いのか、戸惑っているようだった。
「未来…を見たとは?」
好奇心を丸出しに目を見開きながらも、困惑を隠さないミラン学園長がようやく言葉を発した。
(やっぱり食いついてきた)
根っからの学者肌であるミラン学園長はレオンが予想していたどおりの反応を見せた。
「今現在の選択がどう未来に影響を及ぼすか、どんな未来がありうべきかを予測・分析をする「未来学」を専門にし、第一線の研究者でもあるプロフェッサーには学問的にも「未来を見てきた」は興味がおありでしょう。順を追って説明します」
レオンはそう言うと立ち上がって、ジャケットに忍ばせておいた例の銀の指輪を取り出すと、ミラン学園長の前で大袈裟に嵌めて見せる。
「なっ……」
レオンが指輪を嵌めると、たちまちアグネスの姿に変わり、ミラン学園長は声を失った。
「ご無沙汰しております。ラチェット家の「アグネス」です」
豊かな白いひげを触ったまま固まったミラン学園長を見ながら、アグネスの姿のレオンはにこりと口角を上げて、淑女らしい礼をした。
「つまりだ。おぬしは死に戻っているから未来を知っているということだな」
レオンは大きくうなずいた。
レオンは自身の姿に戻るとミラン学園長にひと通り、自分の身に起きたことを包み隠さずに説明をした。
未来学という現在ある問題や原因を分析しながら、未来に起こりうることを予測することを研究し得意とするミラン学園長。
自分の父の親友ということもあって、幼い頃からよく知っていることもあり派閥を超えての信頼がある。
「この状況で最善の選択の知恵をプロフェッサーにお借りしたいのです。この国の誰もが幸せになる最善の方法を。アグネスとノアのためにもこの機会に派閥同士の争いも一気に畳みかけたい。わが国は内紛を長年続けている場合ではないのです。この状況ではいつか敵国や魔獣に足を掬われるでしょう。そして今にでも大量の魔獣が発生したと知らせがくるでしょう」
ひと通りレオンの話を黙って聞いたミラン学園長は大きく息を吐いた。
「難しいことをおぬしは簡単に言ってくるのおう。でもな、かけがえのない親友の最愛の息子が一番に儂を頼って、儂の元にきてくれたことは素直にうれしいし、その期待にできる限り応えてやりたいと思うんだ」
ミラン学園長は「あいつが生きていたならどうするだろうな」と窓の外に視線を向けながら、その瞳に涙を浮かべながら呟く。
「レオンはアグネスのためならなんでもできるか?」
「それがアグネスの最善の未来への道ならなんでもできる」
「わかった」
レオンの表情には固い意志と強い決意がみなぎっている。そのレオンの姿を見たミラン学園長も決意を固めるのだった。
その時、誰かが廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
「レオン、誰かがきた」
「ええ、そのようですね」
ふたりは扉のほうに意識を向けて、会話を止めた。
ノックが3回鳴らされて、勢いよく扉が開けられる。
「学園長!ご歓談中に失礼します。急ぎの報告があります」
「どうした?そんな急ぎの件か?」
部屋に来た使用人がチラリとレオンの方を見る。
「教え子だ。構わぬ。急ぎの件とは?」
「王都近郊で魔獣が大量に発生したと騎士団から報告がありました。警報級とのこと。学園も明日から休校にしたほうが良いとのこと!」
「なっ!」
ミラン学園長は思わずレオンの方を見る。
レオンは驚きもせずに平然としていた。
「わかった。生徒には事実だけを知らせ、動揺を広げるな。それと生徒は安全が確認されるまで今日は下校禁止だ。とにかく、中央に使いを出してうちの今日の動きを伝えた上で、場所や数のなどの詳しい情報収集をしろ。1時間後に1回目の職員会議だ」
「承知しました」
指示を出された使用人はまた慌ただしく廊下を駆けて行く。
「レオン、これはどういうことだ」
ミラン学園長は何食わぬ顔で平然と座り、出されたお茶をすするレオンの見る。
「だから、話したではありませんか。「未来を見た」と」
「ここまで…とは」
「プロフェッサー、私の未来の話に怖気付きましたか?」
冷静なレオンが細い目で口角を上げながら問うてくる。
「まさか。面白くなってきたではないか!」
ミラン学園長もまた細い目をする。そして、豊かな白いひげをさすりながら、なにかを考えている。少しの間、そう時間に1分足らずといったところか。
「レオン、儂は最善の未来を考えたぞ。証拠は残せないから書くことはできない。いまから儂の頭の中で思い描いた未来を話すことを一語一句漏らすな。耳を貸せ」
さすがは未来学の第一人者。現状を分析をして思い描く時間が早い。
「まずは「アグネス」を王城に送ることにしよう」
「はぁ?」
思わずレオンは鬼の形相になる。
「そんな恐ろしい顔をするな。それだよ。こちらにはそれが女神から託されているだろう」
レオンが手で握りしめていた指輪をミラン学園長は指した。
「だから、おぬしが「アグネス」になって王城に行くんだ。本物のアグネスはノアが守っているんだろう?」
「プロフェッサー、次はあなたが考えたことを順にお話いただけますか?」
ミラン学園長は悪戯を思いついたような悪い表情をすると、レオンの耳元で作戦を話しはじめた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!