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「許さぬ! それよりどういうことなのじゃ、我が愛しい伴侶であるローザリンデをエスコートするとは! 何故フラウエンロープ公爵がエスコートせぬのだ?」
「娘が望んだからですが、偉大なる王よ」
発言の許可を求めずフラウエンロープ公爵らしき人物が返答する。
ローザリンデの父親だと、一目見てわかるのが不思議だった。
隣に立っている清楚な美女は母親だろう。
二人とも容姿ではローザリンデと特に似た点がない。
けれど誰が見てもローザリンデの両親だと認識できるのだ。
フラウエンロープ公爵家独特の雰囲気、もしくは覇気のなせる技かもしれない。
「偉大なる王はおっしゃいました。娘を冤罪で王都より追放なさった詫びに、娘の願いがどんなものであろうと聞き届けると」
誰かが、馬鹿な! と叫んだ。
その叫びを皮切りに、会場は蜂の巣を突いたような喧噪に包まれる。
「何でも聞く? 幾つでもいいの? せめて公爵家と王家の間だけの話にしておかなかったのかなぁ。偉大な王様とやらは」
「しておかなかったのじゃろうなぁ。フラウエンロープ家も、ちゃぶ台返しをしたくなったのではないかぇ。王と仰がねばならぬ男の愚鈍さに。手塩にかけて育てた娘を、冤罪に落とし込まれたのじゃからのぅ」
「……公爵家があれだけ怒っているのは……謝罪がなかったのかしら?」
「あり得るのぅ。公式では致し方ないが、内々に頭を下げておれば、公爵もここまで激怒せなんだろうて」
想像なんて、簡単につくよね。
上から目線で、ローザリンデの願いならなんでも聞いてやるから、それでいいだろう? って、何の疑問もなく公爵家へ持ちかけた、それまでの忠義を踏みにじる邪悪さがさ。
「ええぃ! 静まれ! 静まらぬかぁ!」
ハーゲンが大声を張り上げるが、一向に喧噪が静まる様子はない。
ただ無様にがなるだけの王の言葉なぞ、聞く価値すらないのだろう。
魅了されているハーゲンは醜悪そのものだったようだしね。
貴族たちの反応は当然なのでしょう、うん。
「皆様、どうぞ、お静まりになって?」
大きくはないがよく通るローザリンデの声に、会場は瞬時に静寂を取り戻す。
ハーゲンはぽかーんと大きな口を開けてから、驚くべきかな。
ローザリンデを睨み付けた。
「お主は何様のつもりでおるのじゃ?」
「ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢でございますわ。王位継承権二位の者でございます」
「は、はぁ?」
え?
この国の王家って、どうなってるの?
ハーゲンって兄弟姉妹とかいないの?
親戚は?
ハーゲンなみにテンパってしまった。
だが、会場は静かなまま。
どうやら周知の事実らしい。
狼狽えているのは、ハーゲンだけだ。
っていうか、ここで敢えてそれを言う意味って……。
考えれば背筋に怖気が走った。
「偉大なる王よ。ローゼンクランツはこう申し上げたかったのでございます。賠償よりも断罪が先なのでは、と」
「それは、そうじゃが……」
「まずはゲルトルーテ・フライエンフェルス様をお呼びくださいませ。偉大なる王が順序を違えるなど……許されるはずもございませんでしょう?」
ローザリンデの微笑が深くなる。
幾つもの溜め息が零れる美しい微笑だ。
「順序を違えてなどおらぬ! ただ、ローザリンデは我の隣に侍るべきだろう」
「そうでございますわね、失礼いたしました。現時点では、辛うじて、違えてはおりませんでしたわねぇ……」
侍るべきの発言については触れない。
侍るつもりはないので、当然だ。
「名誉公爵、エリス・バザルケットが称号と名にかけて、申し上げる。罪人ゲルトルーテ・フライエンフェルスを会場へ!」
「ば、ばざるけっと、どの?」
「何も問題はないはずだが、偉大なる王よ?」
どうやら名誉公爵とは随分力のある地位らしい。
名を名乗ったのも相乗効果になるのかな?
エリスの言葉を聞き、控えていた護衛らしき人々が扉の外へ出て行く。
さして間を置かずに戻ってきたので準備はしてあったのだろう。
ハーゲンはローザリンデを王妃の座に座らせた上で、ゲルトルーテを迎え入れたかったのだ。
貴様なぞ、金輪際自分の隣に座らせるものかという、子供じみた我儘のためだけに、間抜け極まりない行動をとったのだ。
全く度し難い。
それこそがゲルトルーテの魅了にかかった愚か者だという印象を、深くしてしまうだけだというのに。
扉が開かれて、口枷を嵌めたゲルトルーテが、両脇を固められた状態で引き摺られてくる。
簡素なドレスは案外似合っていた。
封印具はしっかり効力を発揮しているようで、両脇を抱える男性の目には侮蔑しかない。
「それを、そこへ這いつくばらせろ」
「……立たせるのじゃ。どんな罪人でも起立で裁きを受ける。例外は許されぬぞ」
男性二人はエリスの発言に従った。
ハーゲンの憎々しげな歯ぎしりが、ここまで聞こえてくる。
そろそろ呆れるのも疲れそうだ。
「それでは、断罪を始める!」
ハーゲンの言葉に、それまでローザリンデと何故か私を睨み付けていたゲルトルーテの目線がハーゲンに移る。
ただ驚愕しかない、いっそ無邪気な眼差しだった。
何を言われているのか理解できないらしい、呆然とした眼差しのゲルトルーテを、凝視したままハーゲンが宣う。
「ゲルトルーテ・フライエンフェルス! 貴様は禁忌たる魅了スキルにより、我ら高貴な者を悉く魅了し、堕落させた! その罪は重く、死罪なぞ許されぬ。よって、宮廷魔導師館での永劫預かりの罰を与える!」
またしても蜂の巣が突かれまくる騒ぎが起こった。
これは納得いかない系のブーイングなのかな?
「もどきが魅了スキルたるものが禁忌であること。何故《なにゆえ》の禁忌なのか。理解した上で使っていたのであれば、無難な罰じゃ」
「ん? 彼女って自分の魅了スキルがどんなものであるか、認識していたのかしら?」
「しておらぬじゃろうなぁ。全く、アリッサと同じ異世界転移者とは思えぬ愚物じゃ」
「え! 異世界転移者?」
「正確には憑依型というのかのぅ。もともとのゲルトルーテ・フライエンフェルスの体を異世界人が乗っ取った。もしくは交換されたのじゃ」
「交換……向こうにはゲルトルーテ・フライエンフェルスの意識を持つ某かがいるの?」
「あるいはそうかもしれぬ。御方様に聞かれてみてはどうじゃ?」
尋ねるまでもなく返事は即座に届く。
いませんよ。
完全なる憑依型ですね。
本来のゲルトルーテ・フライエンフェルスの意識は消滅しています。
もともとろくでもない性質の女児だったようですが、異世界人と波長があったのかもしれませんね。
完全融合が果たされたのですよ。
こういったケースはレアですが、幾つか例はあります。
完全融合の例は更にレアですが、こちらも存在します。
だから今のゲルトルーテ・フライエンフェルスは、乙女ゲームを攻略するのと似た心持ちで、何の疑問も持たずに王たちを魅了し、籠絡させたのです。
魅了スキルの存在は知っていても、それが禁忌だと理解していても、自分が魅了スキルを使っているなんて、想像すらしていません。
ただ自分は誰からも好かれる特別な存在だから、高貴な方に愛されるのが当たり前! そう信じて疑わなかったのですよ。
うわー。
想像以上にややこしかった。
「……御方様からお答えをいただけたのかのぅ」
「はい。想像していたよりも面倒な状態みたいですね。彼女は異世界人に憑依されてのちに、完全融合を果たしました。その結果、自分は特別な存在だから誰からも愛されて当たり前! そう思い込んでいたようです」
「狂人か病人か、判断に迷うのぅ」
「ある種の精神的な疾患にはなるのかもしれませんが、こちらの世界ではたとえ精神的な疾患であったとしても、裁かれる対象になるのではないのですか?」
「情状酌量はあるが、裁かれるな。今回の場合は罪の自覚が欠片もないようじゃし、しでかしたことがことだからのう……結局の所。宮廷魔導師館への永劫預かりの罰が、無難かもしれぬ」
「宮廷魔導師館への永劫預かりの罰とは?」
「……宮廷魔導師も一流となれば化け物揃いじゃ。我より長く生きておる者も少なくない。不老不死が叶った者すらおる。そんな者たちが行き着く先は……真相究明。そこへ罪持つ者として放り込まれたならば、その役割は一つ。真相究明の実験材料じゃ」
ざわわっと怖気が走る。
何となく想像はできていたが、言葉にされると悍ましさが倍増した。
「魅了スキルは未だ真相究明が叶っていない有名スキルの一つじゃ。もどきは少々不憫になるほど長くえげつなく、実験材料として扱われるのじゃよ。罰が確定したならば、の話じゃがな」
「エリスさんは確定しないと?」
「正直微妙なところじゃのぅ。もどきを憎悪する者は多くいるのじゃ。宮廷魔導師ばかりが狡い! となりかねぬじゃろうて」
あぁ、なるほど。
ヴァレンティーンたちはその努力で元の場所とはいかずとも、それなりの地位に戻りはしたが、他の巻き込まれた人たちでは復帰は難しそうだ。
巻き込まれた人たちだけでなく、その身内もたくさんいると思うし。
それだけじゃ納得はいかないだろうね。
今のところ罰も与えられていないわけだし。
ゲルトルーテだけでなく、ハーゲンも同じようにヘイトを集めていそうだけど、ハーゲンは王だし被害者でもあるから、ゲルトルーテへの罰が納得いくものであれば、溜飲を下げるのかな。
まぁローザリンデが、それだけで許すはずもないだろうけれど。
エリスと二人ひそひそと話をしていると、ローザリンデがこちらを見つめているのに気がついた。
そろそろよろしいでしょうか? の眼差しだ。
エリスとの話が一区切りするのを待ってくれていたらしい。
私は小さく頷いた。
「皆様、どうぞお静まりくださいまし」
既にハーゲンの声が嗄れかけている。
げほげほと咳が止まらない。
そこまで頑張っても収まらなかった喧噪は、やはりローザリンデの涼やかな声音による一言で収まった。
「誰か、偉大なる王に喉を潤す物を」
メイドらしき一人がだだだっと走り寄って、ハーゲンに飲み物を捧げている。
随分と作法がなっていないメイドだが、大丈夫だろうか。
しかもハーゲンが飲み干しても、まだその場でハーゲンを見つめているのだ。
「下がれ」
「はい!」
メイドは目を輝かせて下がっていく。
スキップ?
スキップで移動するメイドって、斬新だわ……。
同僚らしいメイドが無表情で彼女の腕を引っ掴むと、扉の前にいる護衛に引き渡していた。
単純に普段から問題行動の多い勘違い系メイドだったのかな?
「相手にはしておらんようじゃが、もどきが幽閉されてから、ああした愚か者が後を絶たぬ。もどきが問題しかない女性だったが故に、弁えぬ者が多く出ているのじゃ」
あー私でも王妃になれる。
王妃が無理でも寵妃になれる。
むしろ寵妃になって好きに生きたい。
そんな、頭大丈夫? と苦笑して肩を叩いてやりたくなる思考の持ち主が、大半の良識ある人たちを悩ませているのだろう。
「偉大なる王よ。寵妃様は御自身が魅了スキルをお持ちと存じ上げなかったそうでございますわ。過去の事例を考慮いたしますと、情状酌量があっても……よろしゅうございましょう?」
「そんな馬鹿なことがあってたまるものか! 知らなかったと? あれだけの罪を犯しておいて!」
「はい。寵妃様は幽閉時に説明の際、担当の者へ幾度となく申しておられたようでございますが……」
知らないとか言わないよな?
知っていないとおかしいからな?
とローザリンデからプレッシャーをかけられているのに、ハーゲンは気がついていないらしい。
隣にいるヴァレンティーンは唇を噛み締めて、愚かさへの嘲笑を必死に堪えている。
「知らぬわ! 知っていたとしても、それは偽りなのだから、意味がないだろう!」
知らないとか、ないわー。
偽りでもないわー。
何より、意味がないとかないわー。
ありまくりだわー。
ですね。
夫も相槌を打つほどの暴言にも、ローザリンデは動じない。
「では、真実の宝珠を使われますよう愚見申し上げますわ」
嘘を吐くと見抜かれる系のアイテムかな。
異世界裁判ではよく使われるよね。
スキルかアイテムか、魔法ってパターンもあるけど、国宝アイテムとして存在する設定は多いと思う。
「このような大罪人に使うなど!」
「大罪人だから使うのですわ、偉大なる王よ」
「愛しき者がそこまで言うのなら仕方ない。ローザリンデよ。大罪人にまで慈悲を与える必要はないのじゃぞ? そなたが弱者に優しい者だとはよく理解しておるが……」
慈悲じゃないから。
むしろ逆だから。
って言うか、私情を持ち込みまくらないでください。
ローザリンデが可哀想ですぅ。
迷惑千万なんですぅ。
つい唇を尖らせそうになってしまった。
見ればヴァレンティーンも似たような様子だ。
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