移動を開始して日が昇り切ったころ、私達は目的地に到達する。岩塩の山の場所は、広場からかなり遠くに離れていた場所にあった。まさか、森に入ってから全速で走り出すとは。
流石にウルミラほどではないにしろ、猪だけあってゴドファンスの足は速い。その上、多少の障害物ならものともせずに突き進んでしまう突進力がある。つまり、ここにたどり着くまでほぼ一直線だった。
それにもかかわらず、目的地に到達するまでの間に日が昇り切るまで時間が掛かったのだ。結構な距離だろう。
岩塩の山とゴドファンスは言っていたが、崖と一つになっている岩塩の採取場は正しく山であった。この辺り一帯の崖の成分は全て塩なんじゃないだろうか?これならば、この辺りの一塊でも持ち帰れば当分は私達が塩に困るようなことはまずないだろう。
岩塩の採取に誇りを持っているゴドファンスには悪いが、できることなら彼には他の皆と同様、私のためよりも自分のことを優先してもらいたい。岩塩を一塊くり抜いて持ち帰ってしまおう。
「ゴドファンス。この辺り一帯の岩塩をくり抜いてまとめて家まで持って行こうと思うよ」
〈おひいさまがお望みであるならば、どうぞ、いかようにでもなさって下され。儂に気遣う必要など御座いませぬとも〉
「なら、そうさせてもらうよ。あぁ、それと、君には聞きたいことがあるんだ」
〈儂が答えられる内容であれば、なんなりと〉
ゴドファンスに聞きたいことがあったのだ。
彼と初めて出会った時、彼は同族と思われる”蘇った不浄の死者《アンデッド》”となった”死猪《しのしし》”と対峙していた。アレを排除した際、彼は黙ってアレの死骸?(既に一度死んでいる者だったので死骸と言って良いのかは疑問ではある)を引きずってどこかへ去ってしまっていた。彼と”死猪”の関係を、以前から知りたいと思っていたのだ。
「私が君と出会った日に君が相手していた蘇ったあの”不浄の死者”のことなのだけど、アレとはどういう関係なのか教えてもらって良い?」
〈…アレは、儂の父だったもので御座います…〉
「確か、自分の種の恥部だと言っていたね?それはやはり、”蘇った不浄の死者”となったから?」
“蘇った不浄の死者”の発生には複数の条件がある。そのいずれかが満たされれば死者は”蘇った不浄の死者”となる。私の知識に当てはまるものとしては、生への執着か、生前への未練といったところか。
〈おひいさま。アレは生前から、褒められたような者では御座いませんでした〉
「嫌われ者、というやつかな?」
〈はい。アレはあまりにも我欲が強かった。欲望のままに力を振りかざし、弱者をいたぶり、絶望させてから喰らう。強者にあるまじき振る舞いで御座いました〉
「あまり気分のいい話ではないね。この森では強者が幅を利かせる。アレの生前は、その振る舞いができるだけの強さがあったということなんだね?」
ゴドファンスの父親は、確かに強者だったのだそうだ。だが、話を聞く限りその力の振る舞い方は、私から見ても気持ちのいいものでは無かった。
〈アレには思うままに力を振るうこと、そして痛めつけた相手を喰らうこと、それしか頭にありませんでした。おひいさまの様に、森の脅威に立ち向かうなど、まずなかったでしょうな〉
「自分の力に責任を持つことは無い、と?」
〈ありませんな。アレは自分の肉親のためにも、番のためにも、力を振るうことは一度たりともありませんでした。それに、もしも当時ホーディがいたならば、アレを実力で排除することもできたでしょうが、アレは自分よりも強い者には絶対に戦いを挑みませんでした〉
いろいろと我儘をさせてもらっている私が言うのも何だが、確かにゴドファンスの父親は、褒められた性格ではなかったようだ。ゴドファンスの名誉のためにも、”死猪”を指す際、ゴドファンスの父親、として扱うのはやめておこう。
「アレは、どういった経緯で”蘇った不浄の死者”になったのか教えてもらえる?」
〈我欲のために暴れ回り続けた、ツケが回ってきたのです〉
「君が話していたような振る舞いを続ければ、周囲から恨みを買うのは当然か」
〈はい。力が全ての我ら森の住民とは言え、我らにも情はあります。身内をいたぶられ、尊厳を踏みにじられれば、恨みも募るというもの。アレは、自分の蒔いた種によって滅ぼされました〉
私に仕えてくれる皆を見れば分かるが、森の住民には高い知性がある。力にものを言わせて好き勝手に振る舞えば、より大きな力に潰される。それは、一個体によるものとは限らない。むしろ、知性があるのならば、違う種族間で共通の敵がいるのならば協力をする方が自然だろう。
「奴に恨みを持つ者達が徒党を組んだんだね?」
〈御慧眼の通りで御座います。異なる種族の者達がアレを森の脅威と判断し、罠を作り、誘い込み、動きを封じて嬲り殺しにされました。もう随分昔、儂がまだ若かったころの話で御座います〉
少しだけ懐かしむように語るゴドファンスの表情からは、安堵と無念、そして自責の念が複雑に絡まっているように見える。
もしかしたら、”死猪”を討伐するのに関与ないし手引きをしたのかもしれない。”死猪”のことを”アレ”と呼ぶゴドファンスの声色は、侮蔑の感情が見て取れるし、あり得るだろうな。
それにしても、それだけの強者を排除できるだけの力を持っているとは、ホーディが森で最も強いと言われるのも頷ける。
ん?ゴドファンスが若いころに討伐された者が、今になって”蘇った不浄の死者”になったのか?それじゃあ、原因は先程私が予想した、生への執着ということではなさそうだな。
「アレが”蘇った不浄の死者”になったのはつい最近?」
〈はい。例の雨雲から降り注いだ雨の影響で”蘇った不浄の死者”になったかと〉
あの雨にはエネルギーが含まれていたからな。”死猪”の死骸に残ったエネルギーに雨水のエネルギーが作用して、”蘇った不浄の死者”となっても不思議はないか。となると、理性も知性も無いと考えてよさそうだな。
「大体の経緯は分かったよ。話してくれてありがとう」
〈おひいさま、感謝を申し上げるのはこちらの方で御座います。貴女様は死してなお森に還元されることを拒み、未だに体を残し、卑しくも”蘇った不浄の死者”として再び森の脅威として顕現したアレを、力の根源ごと瞬く間に排除してくださったのですから〉
「あの時、アレを倒した時に君が私に対して敬意を持っていたのは、そういう理由だったのか」
〈身内の恥であります故、儂の手で排除しようと試みたのですが、力及ばず…。無念のままアレに斃されると覚悟した時に、おひいさまに助けられました。感謝し、敬意を払わぬ筈が御座いませぬ〉
むず痒い話ではあるが、彼の言い分は理解できる。ゴドファンスの事情が知れて良かった。
さて、聞きたいことも聞いて岩塩もくり抜いたことだし、そろそろ家に帰るとしょう。
「それじゃ、家に帰るとしようか、ゴドファンス。持ち上げても良いかな?」
〈先程も申し上げましたが、儂を気遣う必要は御座いませぬ。おひいさま。どうか、お好きなようになさって下さいませ〉
「ありがとう。ただ、了承を得ないまま行動するのは気が進まなくてね。今後も確認はとらせてもらうよ?」
〈仰せのままに〉
岩塩をくり抜く際も、ゴドファンスに確認を取って好きなようにすれば良いと言われたな。
尤も、私の精神衛生上、親しい者に確認を取らないまま行動をするのは気が引ける。彼には煩わしく感じるだろうが、これも私の我儘として受け止めてもらいたい。
ゴドファンスと岩塩を抱えて家に帰ってきた。が、ここで岩塩を保存しておける場所が無いことに気付く。野ざらしにして、後々雨でも降られたら厄介だ。
いつか岩塩の他にも貯蔵しておきたいものを見つけた時のためにも、かなり大きな倉庫を建設するとしようじゃないか。
幸いなことにまだまだ日は明るいし、木材だって潤沢にある。今回の扉はスライド式にして、ホーディ以上に巨大な物でも問題無く物資を出し入れできるようにしよう。出入りを容易にするために扉の内側に小さい扉を作っておくのも忘れない。
家を建てたノウハウのおかげで日が沈む前までに、とはいかなかったが、それでもかなり短い時間で倉庫を建設できた。一仕事終えたことに満足感を覚え、気分の良いまま今日は寝るとしよう。今日は、色々と話を聞かせてもらったゴドファンスの寝床にお邪魔させてもらおう。
伏せるようにして寝床に身体を預け、寝息を立てるゴドファンスに体を寄せて横になる。体毛は確かにゴワついてはいるが、それでも彼の高い体温は暖かく伝わってくる。
彼の生命の暖かさに包まれて、私は意識を手放した。
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