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「鬼塚サン、なんか変なもんでも食った?」
「食ってねぇ」
「……じ、じゃぁ、どこか病気とか?」
「俺は至って健康体だ!」
全くもって失礼な奴だ。理人がムッとした表情で返すと、東雲は信じられないとばかりに大袈裟に首を振った。
「……うっそだぁ。だって、初めて会った時、超気持ち良さそうに喘ぎまくってたじゃん。自分から腰振ってさ……。あんなにオレの事、誘ってきたのに」
その露骨な言い回しに、理人は頭痛がしてきた。本当にこいつは、デリカシーの欠片もない。
「む、昔のことだろ……」
「昔って、まだ半年も経ってないっしょ?」
「……」
理人は何も言わずに東雲を睨み付けた。すると、二人のやり取りを面白そうに眺めていたナオミが、カウンター越しにひょっこりと顔を出す。
「うふふ……残念だったわね、東雲君。理人にはね、今『夢中になってる人』がいるのよ」
「……おいっ、ナオミ!」
「あら? 事実でしょ?」
理人は反論しようと口を開きかけたが、結局、言葉にならずに喉の奥で詰まった。ナオミはその反応を見て満足げな笑みを浮かべると、空になったグラスにウィスキーをなみなみと注いだ。
「へぇ、それは意外……。あ、もしかして『瀬名』って人のことかな? 鬼塚サンがわざわざ身辺調査なんて依頼しに来るなんて珍しいと思ってたんすよねぇ」
「な……っ、てめぇ!」
「ふぅん、理人ってばちゃっかり身辺調査なんて……。へぇ~、愛ねぇ~」
東雲は探偵としての腕こそ一流だが、いかんせん酒が入ると口が軽すぎるのが難点だ。ナオミは獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべ、楽しそうに肩を揺らしている。
(……こいつらにだけは、絶対に知られたくなかった……!)
理人の心中を他所に、東雲はさらに追い打ちをかける。
「まぁいいや。今度、その彼氏さんに会わせてくださいよ。理人さんを独り占めしてる羨ましい男を、オレがジャッジしてやるから!」
「……嫌だ」
間髪入れずに放たれた拒絶に、東雲は少しだけ驚いたように目を見開いた。 そして次の瞬間、吹き出すように笑い出した。
「ぷっ……アハハッ! 何その即答っぷり! やべっ、ウケる! あはははっ!」
何がおかしい。理人が冷めた視線を送ると、それがさらにツボに入ったらしく、東雲はひぃひぃ言いながら腹を抱えて椅子から転げ落ちそうになっている。
「もぉ、ダメだ……。あの鬼塚さんが『独占欲』丸出しなんてさ……面白すぎるでしょ……っ、くくく!」
「ね、可愛いでしょ~?」
「~~っ、俺は帰る!」
耐えがたい居心地の悪さに、理人は弾かれたように席を立った。そのまま振り返ることなく出口へと突き進む。
「あ、ちょっ、鬼塚さん!?」
「あらあら、お子ちゃまねぇ……」
背後から東雲の呼び声とナオミの揶揄う声が聞こえたが、カウンターに適当な札を叩きつけて無視し、逃げるように店を飛び出した。
今日はなんだか、色々なことがありすぎてどっと疲れた。 風呂上がり、まだ濡れた髪にタオルを掛けたままベッドに寝転がると、理人は深く重い溜息を吐き出した。
うだつの上がらないダメな男だとばかり思っていた朝倉から向けられた、憎悪に満ちた眼差しと言葉。それが今も、耳の奥で呪いのように響いている。
その上、単なる不慮の事故だと思っていた片桐課長のひき逃げにも、きな臭い裏がある可能性が出てきた。
(課長は『朝倉に気を付けろ』と言っていた。……果たして、これは偶然なのか?)
朝倉が反社と繋がっているのだとしたら、事件の黒幕として彼を疑うのが妥当だろう。
だが、一体何のために? 自分が憎まれる理由は理解できる。だが、温厚で誰からも信頼されている課長が、事故に見せかけてまで殺されかけるほどの怨恨を買う理由が見当たらない。
理人は、そこまで考えてから力なく首を振った。 まだ朝倉が関与していると決まったわけじゃない。今朝の件があったから、余計に穿った見方をしてしまっているだけかもしれない。
(……一人でいると、どうしても思考が悪い方へ引っ張られる)
――こんな時、瀬名が側にいてくれたら。
いや。あんな汚い言葉、あいつには聞かせたくない。嫌な思いをするのは、俺一人で十分だ。 ……だからといって、瀬名との関係を断ち切れるかと問われれば、答えは「否」だった。 瀬名と離れることは、今の理人にとって、自分の半身を切り捨てて生きるのと同じことだった。 たった数日声を聞かないだけで、胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさに襲われる。
理人は無意識のうちにスマートフォンを手に取り、アドレス帳を開いた。 発信ボタンに指をかける。……が、すぐに思い直して引っ込めた。 何を話せばいいのか分からない。それに、もう眠っているかもしれない。
スマホの画面を睨みつけ、悶々と過ごしていると――突然、手元でバイブレーションが鳴り響いた。 理人は心臓が跳ね上がるのを感じながら、落としそうになるスマホを必死で握り直す。 画面に浮かび上がっていたのは、『瀬名』という二文字。
「……っ」
一瞬の躊躇。だが、抗えなかった。通話ボタンをスライドさせ、耳に押し当てる。
「あ、よかった。起きてた。お疲れ様です、理人さん」
深夜だというのに、耳を擽るような爽やかな声。内心で「声が聞きたい」と切望していた相手からの着信に、鼓動がうるさいほど跳ねる。理人は悟られないよう、いつもの平静を装って答えた。
「チッ……何時だと思ってやがる」
「ハハッ、ご機嫌ナナメですね? もしかして、寝てたのを起こしちゃいました?」
「別に……そんなんじゃねぇよ。で? なんの用だ、こんな時間に」
「いや……なんとなく、声が聞きたくなっただけです」
「……っ」
どうしてこいつは、こういうことをさらりと言えてしまうのか。
「……馬鹿か、お前は。たった四日しか経ってないだろうが」
「ハハッ、そうだけど。でも、声だけじゃやっぱり物足りないというか……。そうだ、理人さんの寝室にパソコンありましたよね? スカイプ出来ませんか? ……電話より、やっぱり顔が見たい」
瀬名の真っ直ぐな欲求に、理人の心拍数は限界を突破した。 熱を帯びた頬をタオルで隠しながら、理人は言葉を失う。
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