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第3話「気づかれる前に」
昼休み、教室は騒がしい。弁当を広げているやつ、廊下に出て行くやつ、窓際で集まって話す女子。
俺は机に突っ伏しながら、ちらちらと隣の直人を見ていた。
「……なあ、昨日の続き」
勇気を振り絞って小声で言うと、直人は箸を止めて首をかしげた。
「昨日の続きって?」
「……キスだよ」
その単語を出しただけで、心臓が喉までせり上がってくる。
直人はにやっと笑った。
「忘れてないのか。ちゃんと真面目だな」
「ルールだから、やらなきゃいけないんだろ」
必死で平静を装って言うけど、声は裏返りそうになっていた。
「じゃあ……今やる?」
直人はさらっと言う。
「はっ……ここで?」
「一週間毎日だぞ。今日を飛ばしたらアウトだろ」
俺は思わず周りを見回した。女子グループが笑い声をあげながら近づいてくる。
「いや、待て!ここはまずい!」
「ビビりすぎ」
直人は軽く笑いながら俺の肩を引き寄せる。
心臓が破裂しそうになる。距離が近い。直人の息づかいが触れる。
「ちょ、直人……!」
「ほら、さっさと終わらせよ」
直人が顔を近づける。俺は思わず目を閉じた。
唇が触れる。でもやっぱりすぐに離れる。
──その瞬間。
「ねえ、翔くん、プリント回して!」
女子が振り返った。
「っ!」
慌てて体を離し、机に突っ伏す。
「お、おう!」
声が震えていないか必死にごまかす。
直人が何事もなかったようにプリントを渡す。その余裕っぷりが腹立たしい。
女子が去ったあと、直人は俺の方をちらっと見て笑った。
「…セーフ」
「お前な……っ!心臓止まるかと思った!」
「大げさだな」
大げさじゃない。ほんの数秒の出来事なのに、汗がにじむほど緊張している。
教室のざわめきの中で、俺だけが違う世界に取り残されたみたいだ。
直人の軽い笑顔。
──あれを見てるだけで、俺はまた胸を締めつけられる。
残り五日。この先どうなるのか、想像するだけで怖い。