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今日の夕方、過日頼んだほんわか絵柄のキス・ペアマグカップが届くことになっていて。
 私は受け取りのため、宗親さんより早めに帰宅させて頂いています。
 
 何より今夜は伸びに伸びていた同期会が開かれることになっているから、私、遊びに行かせていただく罪滅ぼしとして、宗親さんの夕飯の支度を済ませておかなくてはならないのです。
 宗親さんは「僕の夕飯の心配なんてしなくていいですよ? 子供じゃないんですから自分で何とでもできます」と言って下さったけれど、それじゃぁ私の気がおさまらないんだもの。
 「いえ、お作りします!」
 鼻息も荒くそう言い放ったら、苦笑されてしまったっけ。
 言い方が強情過ぎて可愛げがなかった?
 もっと愛らしく「ううん、作らせて欲しいの♥」とか言ったら、喜ばれたのかな。
 (そっ、そんなの恥ずかしくて無理っ!)
 一瞬フリフリのエプロンを付けた、甲斐甲斐しい愛妻姿の自分を想像してしまって、にわかに顔が熱くなった。
 もちろん私にだって、可愛らしい妻を演じてみたい気持ちはある。
あるけれど……そんなの烏滸がましいって思ったら、どうしても素直になれないの。
 仲睦まじい夫婦を演じるのって、思いのほか難しい。
 
 
 ***
 
 
 「――で、会場はどこですか?」
 どこで飲むの?と宗親さんに聞かれた私は、「Misokaにしてもらいました」と答える。
 予約は北条くんがしてくれた。
 Misokaならマンションとそれほど離れていないから、テクテクと歩いて帰ることも出来るし。
 そんなことを思っていたら――。
 
 「終わったら連絡してください。迎えに行きますので」
 こともなげに言われてしまって、思わず「へぁっ!?」と変な声が出てしまった。
 そんなことをしたら、私と宗親さんの関係が同期たちにバレてしまうかもしれません。
 そう思ってソワソワしたら、「どうせ今日、婚約指輪で問い詰められる予定なんでしょう? 相手は僕だと明言すればいい」とか、本気ですか?
 「いっ、いいんですか?」
 思わず声が上ずってしまった私に、「知ったからと言って、他に言いふらす様な連中じゃないんでしょう?」と静かに問いかけられた。
 営業の武田くんとはまだまともに話したことがないからよく分からないけれど、少なくとも足利くんや北条くんは、確かに口が軽いようには思えなかった。
 「た、多分……?」
 それでも自信がもてなくて曖昧に語尾を上げて頷いたら、「春凪、僕が迎えに行かなかったら歩いて帰ろうとか思ったりしていませんでしたか?」とか、何でバレてるの!?
 思わずギクッと肩を跳ねさせた私に、宗親さんが呆れた様に吐息を落として。
 「キミが危なっかしく夜道を歩いて帰ることや、送り狼が現れるかもしれないことを考えたら、僕らの関係が公になる方がよっぽどリスクが少なく思えます」
 とか……随分な言われようです。
 
 ***
 
 そんなやり取りがあったのが今朝。
 フライパンで、サバの味噌煮を作りながら、朝の会話に思いを馳せて。
 何だかちょっぴり恥ずかしくなる。
 (宗親さんってば心配性過ぎるでしょ)
 それに……例え仮そめの妻でも庇護欲とかそれなりに発動なさるみたいで、腐っても(失礼ですね)〝お兄ちゃん気質〟なんだなと思い知らされた。
 夏凪さんもきっと口うるさいお兄さんからアレコレ言われて育ったんだろうなぁ、とか。
お会いしたこともない宗親さんの妹さんのことを思って小さく吐息を落とす。
 そうこうしていたら切り干し大根の煮物がいい感じで煮詰まってきたから火を止めて。
 お味噌汁はジャガイモとニンジンと玉ねぎを具材に選んだけど、宗親さん、結構これ、お好きなんだよね。
私も小さい頃から根菜のお味噌汁が好きだったから、些細なことでも宗親さんと共通点があるのが嬉しくて、つい口の端に笑みが浮かんでしまう。
 宗親さん、案外庶民的なものをお出ししても文句ひとつ言わずに――というかむしろ美味しそうに平らげてくださるから偉いなぁって思って。
 ついついそういう宗親さんの姿が見たくて、素朴な家庭料理をお出しする頻度が高くなってしまう私です。
 
 これに、以前湯掻いて小分けにして冷凍保存してあったほうれん草を解凍してお豆腐のプチパックを利用して白和えにしてから小鉢に盛って。
 トロトロに煮詰まったサバの味噌煮をお皿に移してフライパンの中のタレをトロリと回しかける。
一緒に食べるときはお出しする直前に針ショウガを上にチミッと載せるんだけど、今日はいつ召し上がられるか分からないからやめておいた。
 鍋の中で粗熱をとっておいた切り干し大根をチョチョッと小鉢にお上品に取り分けて。
 お味噌汁だけは今よそったら早すぎるかなって思って汁椀だけ準備して作ったもの全体にふんわりラップをかけた。
 『お鍋の中にお味噌汁があります。味噌煮はレンジでチンして温めてくださいね。春凪』
 メモ用紙にそんな走り書きをしてそのそばに置いたら思わず「よし!」と声が出た。
 純和食なサバの味噌煮込み定食完成です。
 一人前の料理って案外作りづらくてお味噌汁と切り干し大根を作りすぎてしまった。
 とりあえず切り干し大根はお弁当用にシリコン製のカップに小分けにしてから、蓋付き容器に入れて冷凍庫へイン。
 お味噌汁は宗親さんが召し上がられた残りを、明日の朝私がいただけばいいかな?
 なんてことを思いつつ。
 
 ***
 
 そこでインターホンが鳴って、頼んでいた荷物が届いたことを知る。
 いつもなら下の宅配ボックスに入れて頂くんだけど、今日は業者さんにお願いして部屋前まで持ってきてもらうことにした。
 (ごめんなさい。下まで降りるのしんどいって思っちゃった)
 インターホンが鳴って、一階エントランスのロックを解錠してから「印鑑を用意しておかなきゃ」と思って鞄をガサガサして「あ、無い」と思う。
 「そう言えば……」
 前に有給を取る際、宗親さんに印鑑をお渡ししたまま返して頂いていなかったことをふと思い出した私は、ちょっと迷って宗親さんにメールを打った。
 別に無理ならサインでも何とかなるけれど、返信があったらラッキーかな?ぐらいの感覚で『以前お渡しした印鑑って家にありますか? 宅配の受け取りに使いたいんですけど見当たらなくて』と打診したら、すぐ既読になって『すみません。返し損ねていましたね。リビングの作り付けキャビネットのテレビ上の引き出しの中にあります』と返信があった。