「どう?美味しい?」
璃奈を見ながらニヤニヤと笑う朱理。そんな笑顔に、璃奈は目を逸らした。
「うん、とっても美味しい」
「なら良かった」
ずっと見られているのが気まずかった璃奈は、スマホを取り出した。その時、ちょうど兄から電話がかかってきた。
「ごめんなさい、少し電話」
「分かった」
「もしもし」
『どうだ』
璃奈は兄の言葉に一瞬固まった。
─そうだ、何も聞いてない…久しぶりにリラックスできたから、任された仕事を忘れちゃった…逆に、なんで人前でリラックスできたんだろう…しかも、調べる相手の前で…
頭の中がこんな考えでいっぱいになり、兄の掛け声も聞こえなくなった。気づいた時には、兄がキレていた。
「ご、ごめんなさい。何も聞けませんでした」
『使えねぇ』
「最近、知り合ったばかりだから…」
弱いフリを演じる璃奈に、兄の輝流は再びキレた。
『いいからさっさと何か聞き出せ』
そう言って、すぐに電話を切られた。
「平気で言ってるの…?」
璃奈は思わず口に出してしまった。
「待った?」
「ぜーんぜん」
朱里は笑いながら答えた。今日の朱里はご機嫌だと璃奈はやっと気づいた。
「今日はご機嫌だね」
「やっと気づいた?」
さっきのニヤニヤより、もっとニヤニヤになった朱里。
「まぁ?」
璃奈が気づくのが遅かった理由は、ただ一つ。朱里の笑顔に心を奪われて、何も考えられなくなっていたからだ。
「なんでご機嫌なの?」
「秘密」
朱里は人差し指を口にあてて「シー」とやった。璃奈はその仕草を見て、「ちょっとぐらいいいじゃん…」と思った。
「お肉が冷めちゃうよ、早く食べよ」
「うん、焼いてくれてありがとう」
「もう敬語じゃなくなったね」
「たまにタメ口だよ」
璃奈は朱里の言葉に少し疑問を抱いた。その疑問が無意識に口から出た。
「そうだけど、さっきからずっとタメ口だよ。」
璃奈は驚いた。よく考えると、焼肉屋に入ってからずっとタメ口だった。
「タメ口ってダメなの?」
「ダメってわけじゃなくて、タメ口で話してくれるのが嬉しいんだ。敬語だと、なんか他人みたいだから」
朱里は照れくさく笑った。その笑顔に、璃奈の心臓が急に強く打ち始めた。何故か分からない。ただ「可愛い」って思っただけだった。
「大丈夫?顔赤いよ?」
朱里がそう言って、璃奈の顔に手を伸ばし触れた。
─まだ、知り合ったばかりなのに、こんなあっさりと人の顔に触れるなんて…
璃奈は、家族以外の人とそんな距離感を持つことがなかったから、友達との距離感が分からなかった。
「だ、大丈夫」
璃奈はすぐに朱里の手を避けた。その時、兄からの任務を思い出した。
「そういえば、朱里の家族ってどんな感じなの?」
璃奈がそう言うと、朱里は驚いた顔をした。その顔が、まるで「こんなアッサリと聞くの?」と言っているようだった。
「そうだね…私の親は、優しいよ」
朱里は止まらずに口を開いた。
「でも、私のお母さんは間違えて人を轢いたみたい」
「え…?」
その一言に、璃奈は戸惑った。轢いた?
「轢いた相手は…誰だっけな」
朱里は苦笑いを浮かべた。
「辛い記憶を思い出させてごめんね」
そんな朱里の苦笑いを見て、罪悪感を感じた璃奈はすぐに謝った。しかし、その後何かに気づく…
─「優しい」って、人を轢いたから優しいの?「優しい」って何…?
「優しいって何?って顔してるよ」
朱里は璃奈の顔を見て、笑った。そして、驚きの言葉を口にした。
「冗談だよ」
そう言いながら、朱里は笑った。
「もぉ、やめてよね」
璃奈は気づいた。朱里を警戒するのをやめていたことに。焼肉屋から帰った後、そのことに気づいた。
「ただいま…」
─結局、何も聞き出せなかった…
「おかえり、なんか聞き出せたか?」
「ごめんなさい…」
兄の輝琉は舌打ちしながら言った。
「使えねぇ」
その言葉に、璃奈は俯いた。
─なら自分でやればいいじゃん…任せないでよ。
そう思いながらも、璃奈は兄に向かって謝った。
「次は聞き出せるようにするから」
「完璧にやれ」
「…はい」
家族なのに、家族じゃないような行動をするこの家。外から見れば、理想的な家族だと思われているだろう。でも璃奈はこの家で、ただの人形のように扱われている。
お父さんに会いたい…お父さんなら、私の味方でいてくれる…
そう思って、璃奈は部屋に戻り、お父さんとの写真を取り出して眺めた。その後、今日一日を振り返る。いろんなことがあった。美嘉さんが帰ってきたこと、朱里に警戒を抜かれたこと。
璃奈が警戒を抜くのは、信用できる人か、利用できる人だけだった。でも、朱里には両方とも当てはまらない。なのに、朱里に警戒を抜いたのはありえないことだった。
璃奈は何かを考え、声に出して笑った。
─私も人を利用してるじゃん…利用できる人しか警戒を外してないじゃん…ほんと、私もこの家族に似てきたな…
どうしたらいいんだろう、お父さん…
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