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hotaru🌙
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「蓮様、着いたよ。」
「もう『様』は要らないだろう。」
杖を持たぬ己の身体を支えていたラウールの腕が離れ、目黒はふっと肩の力を抜いた。何処か手持ち無沙汰な両の手を、冷えた風が撫でていく。
「…、…確かに。」
ラウールは少しだけ考える様に首を傾げ、晴れやかに肩を竦めた。
「まっ、追々ね!…じゃあ僕は行ってくるけど…本当に此処迄で良いの?」
「もう俺に気を遣う必要は無い。又此処で待ち合わせよう。」
「分かった。じゃ、後で。」
持っていた目黒の荷物を握らせると、遠ざかっていくラウールの足音。軽やかに弾む足踏みは、自由と云う名の羽を手にした其れだった。
目黒は僅かに誇らしい気持ちを抱き乍ら、時計店の前で独り佇み、軈てふぅ、と小さく息を吐いた。
いつもは人気の少ない夕夜に紛れて訪れていた此の場所。日中の活気溢れる下町の喧騒は、目黒にとって新鮮で、不思議な安らぎを感じた。
行商人の呼び込み、子供達の笑い声と駆ける音、町民の世間話。
視覚からの情報が入らなくなった分、其れ等の音が世界の広がりとなって目黒の耳を満たしていく。
《さて、》と中折れ帽を深く被り直し、ゆっくり足を踏み出しかけた其の時、
「…目黒伯爵?」
ふと背後から上品で落ち着いた声が掛けられた。聞き覚えの無い声に、目黒の背筋が仄かな緊張に伸びる。
「…誰だ…?」
「突然のお声掛け、申し訳御座いません。」
肩越しに声の方へと双眸を向ける目黒。其の探る様子を察し、声の主は静かに微笑んで深く一礼した。
「此の時計店の向かいで呉服店を営んでおります、宮舘と申します。ずっとお立ちでしたから、何かお困りかと思いました故。」
宮舘は気品ある足取りで一歩近付き、目黒の顔を覗き込む。声を追う様に緩やかに向き直した彼の瞳は、僅かに宮舘の顔の横をぼんやりと逸れていた。
「あぁ…、済まない、気を遣わせてしまったか。少し、町の喧騒を聞いていた。」
低く落ちた其の言葉と佇まいで、宮舘は全てを悟り、表情に緊張が走る。
(…噂には聞いていたけど、まさか本当にお目が…。)
宮舘は一瞬だけ言葉を呑んだが、野暮に追及することは一切しなかった。代わりに、視線を静かに向井時計店の店内へと向ける。硝子窓の向こうでは向井が、いつものように作業台に前傾姿勢で齧り付き、小さな歯車と向き合っていた。
「…此処の店主は今、作業に集中している様ですね。呼んで参ります。」
「いや、」
「…?」
目黒が短く制すと、少しだけ間を置いて、宮舘は穏やかに微笑んで首を傾げた。
「手を煩わせて済まないが…店内迄、誘導して貰えないだろうか。…実は、視力を失ったものでな。」
「そうでしたか…。勿論、承ります。」
宮舘は背筋を伸ばした侭、すっと肘を出した。
「御手を八時の方向にどうぞ。」
「礼を云う。」
「では、参りますね。」
「あぁ。」
慎重な歩みで数歩。ちりん、と鈴が鳴る。
「康二、御来客だよ。」
「んっ?舘さ、………え?」
見慣れた宮舘の隣に佇む目黒の姿を見るなり、向井はぽかんと口を開けた。異色の組み合わせに頭が追い付かない。
「め、…閣下?いらっしゃいませ。」
宮舘の手前ということもあり、向井は慌てて距離感のある敬語を取って付けた。宮舘はそんな向井に一度だけ頷くと、
「では、私は此れで失礼致します。」
「助かった。」
目黒に静かに一礼し、店から去っていった。
カチャリと扉が閉まり、二人きりとなった店内がしん、と静まり返る。カチコチと規則正しく時を刻む時計達の音だけが其処に響いていた。
「…康二?」
あまりの静けさに多少の不安を覚えた目黒は探る様に声を掛ける。向井はきゅっ、と胸を締め付けられる思いで唇を噛んだ。
「…こんな真昼間に珍しいな?」
「お前に話が有る。」
「っ、」
向井の心臓が冷たく、小さく跳ねた。遂にあの令嬢との祝言を終えた報告か。向井は想像を巡らせ、身構える。
「…其の為にも今から少し、一緒に歩かないか?」
「───、へっ?」
重苦しい覚悟を一瞬で砕かれ、肩透かしを食らう向井。店内の時計達は間もなく正午を指そうとしている。
日中に二人で散歩。何だか逢い引きの誘いに思えてきた向井だったが、《…そんな訳ないやん、》と、小さく頭を振って俯き、其の御目出度い思考を打ち消した。
「…うん、ええよ。」
「支度が必要なら、此処で待っている。」
相変わらず背筋をピンと伸ばした姿勢で微動だにしない目黒に、
「ほな、一寸待っ…、?」
改めて彼の姿を見つめた向井は、違和感に気付いた。目黒の手には、ふらりと来店するには不自然な程の大きめで、見慣れない鞄が携えられていた。
「目黒さん、其の荷物…一旦うちに置いとく?」
「良いのか?」
「当たり前やん。お散歩にそんなん要らんやろ?」
「では…任せる。」
「ん。奥に置いてくるわ。」
ぱたぱたと駆け足の音が遠退く。其の音に、何時かに見た慌ただしく動く彼の背中を、目黒は白く霞む視界の中で投影していた。
「目黒さん、お待たせ!手ぇ、貸してな?」
奥の倉庫に鞄を置いて戻って来た向井は、目黒の隣に立つとそっと彼の広い手を取った。そして其の侭、自分の右肩へと静かに導く。
「…あ。腕の方が歩き易いとかあるんかな…?」
先程の宮舘の様に腕を貸すべきか迷って尋ねた向井だったが、目黒は一瞬、其の肩に置かれた自分の指先にそっと僅かな力を込め、向井の体温を感じ取る様に滑らせた。
「…いや、此の侭で良い。」
「ん、良かった。ほな、行こか。」
直に伝わる重みに向井は気恥ずかしさを隠す様に小さく笑う。目黒は、向井の横顔へと顔を向けた。
視界は其の横顔すら輪郭を結ばない。だが、掌越しに伝わる愛おしい存在が直ぐ傍に居る。其れだけで、目黒の心は満たされていった。
穏やかに流れる川沿い。町の喧騒は遠く、さぁ、と清らかな音が響いている。
目黒と向井の間に言葉は無い。唯、冬の乾いた土を踏み締める二人の足音だけが、静かに重なり合っていた。
「…話って、何?」
軈て向井が、思い切ったようにぽつりと口を開く。
「祝言、終わったん?」
其の一言に、目黒の足が止まった。
「…あぁ、終わった。」
「、そっか。」
向井はふっと微笑った。 が、次いだ其の声音には、隠しきれない僅かな寂しさが滲んでいた。
「…そっかぁ。」
(笑わな…おめでとさんって、言ってやらな。)
そう思って必死に唇を噛みしめた、其の瞬間だった。
「いや…終わらせた、と云う方が正しいかもしれない。」
「んっ?」
言葉の違和感に向井が振り向く。
「婚約は解消した。」
「……… は、?」
「家督も、軍位も、何もかも捨てて来た。」
「えっ…目黒さん?何、言うてん?」
「全ては、俺の人生を歩んで行く為だ。」
普段と違う一人称に、向井は目黒の言葉が冗談では無い事を悟った。
目黒は、霞む視界の中で向井を見つめる。そして淡々と、決して揺らぐ事の無い声で続けた。
「其の上で一番の希望は、──お前を俺の傍に置く事だ。」
向井の目が丸く見開かれ、くっと息を詰まらせた。
ひゅう、と一陣の風が吹き、目黒の外套が靡く。
其の一瞬だけ、時が止まった気がした。
コメント
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愛くるしぃ🖤🧡だなぁ(人´∀`).☆.。.:*・゚ 🧡が傍にいてくれれば🖤は幸せになるんだろねぇ(ウンウン)

ひゃー!遂に!どうか2人が幸せになりますように