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自分で自分の唇を噛むなんて初めての体験。

それだけのストレスを感じていたってことだろうけれど、目が覚めて病院のベットに寝かされていることに気づいたときは本当に驚いた。

結局は過労とストレスで突発的に起こした行動だろうとの診断。

唇と口の中を縫合してもらい念のための数日間の入院経過観察となった。


しばらく入院する様にと言われた時、まず心配したのが登生のことだった。

とてもじゃないけれど、忙しい淳之介さんが一人で登生の世話なんてできない。そう思って入院を拒んでみたけれど、「大丈夫俺が何とかするよ」と話す淳之介さんの真剣さに説得された。

もちろん不安ではある。それでも、いい加減なことをする淳之介さんではないからと信じてみることにした。

もし、淳之介さんが登生の本当の父親ならば、2人は一緒にいるべきなのかもしれない。私は頭の片隅でそんなことも思っていた。


「無理なら実家にだって預けられるんだから、言ってね」

「わかっている。璃子は心配しなくてもいいから」


さすがに淳之介さん1人で登生の子育てができるわけがなく、どうやらお手伝いの人を頼むつもりらしい。

それを聞いて少しホッとした。


***


入院から5日後。

どうしても登生のことが心配だった私は、主治医の先生を説得して退院許可をもらった。

急なことで淳之介さんに知らせる暇もなかったと言うのは言い訳で、本当は言えば反対されそうで言えなかった。


簡単に荷物をまとめ、久しぶりの外の空気を深呼吸する間もなくタクシーに乗り込んで、私は『プティボワ』へ向かう。


いきなり入院してしまって、マスターに何の挨拶もできていないことがずっと気がかりだったし、せっかくだから挨拶をしようと足を向けた。



「こんにちわ、マスター」

「あれ、璃子ちゃんいらっしゃい」


いきなりの登場に驚いているけれど、すぐに私の好きなカフェオレを出してくれるマスター。


「突然お休みして、迷惑をかけてすみません」


私が急に休めば代わりの子を手配しないといけなかったはずだし、きっと大変だったと思う。


「璃子ちゃんは具合が悪かったんだから、気にしなくていいんだよ。それに中野専務からも連絡をもらってバイトの手配もすぐにできたしね」

「そうでしたか・・・」

淳之介さん、ちゃんと連絡をしてくれたんだ。


カランカラン。


「こんにちわ。あれ、璃子ちゃん?」


凄い偶然。

ちょうど荒屋さんがお店にやって来た。


***


「あの後入院したんだって?」

「ええ」


荒屋さんと会うのもあの日別れて以来。

何度かメールをもらったから状況は知っているはずだけれど、詳細までは伝えてない。


「もう大丈夫なの?」

「ええ」


「最近中野専務がなかなか捕まらないって秘書課の連中が嘆いているけれど、それも璃子ちゃんが原因かな?」

荒屋さんの意地悪な笑顔。


やっぱり、仕事に影響が出ていたんだ。

そりゃあね、毎日遅くまで帰ってこれなかった淳之介さんが早く帰宅していたはずだから、そうなるわよね。


「そんな顔しなくても今までが働きすぎだったんだから、今が普通だよ」

「そうでしょうか?」

私のせいで迷惑をかけたようで申し訳ない。


「あの人はあの人なりに焦りもあったんだろうから。どちらにしても、このくらいがいいんだよ」

「はあ」


何だろう、この違和感。

荒屋さんが言う『あの人』とは淳之介さんのこと。

お姉ちゃんの恋人が淳之介さんだったと思っている荒屋さんは、淳之介さんのことを嫌っていたはず。

でも、今日の荒屋さんは以前とはどこか違う。

嫌うと言うより哀れんでいるように見える。


「何かありましたか?」

無意識のうちにそう聞いていた。


***


「登生くんのこと、ちゃんと聞いてみた?」

「いえ」

まだ聞くチャンスがない。


「悩んでいないで、はっきり聞いてみるといいと思うよ」

どことなく含みを感じる言い方に、

「何か知っているんですか?」

身を乗り出してしまった。


淳之介さんは姉と直接の接点はないと言った。

でも、麗華が見せてくれた姉の写真には淳之介さんが映っていた。

登生の容姿は、淳之介さんとの血縁関係を強く疑わせる。

この状況で、私は何を信じたらいいのかがわからなくなった。

もし、知っていることがあるのなら教えてほしい。


「実は俺の家は祖父の代から中野コンツェルンに勤めていてね、父は今も本社にいる」

「へえー」


そうか、だから麗華のお守りを頼まれたんだ。

何で忙しい営業の荒屋さんに麗華を託したのかが不思議だなと思っていた。


「専務とは子供の頃に何度か顔を合わせただけであまり接点もなかったし、中野本家の事情を知っているわけでもなかったが、今回のことがあって少し調べてみたんだ」

「それで?」

「聞きたい?」

「ええ」

もちろん。


***


私はちゃんと、「知っていることがあるなら教えてください」とお願いした。

でも、「直接聞く方がいいよ」と教えてはくれない。


困ったなあと思っていたその時、


バタンッ。

勢いよく開いた店のドア。

外からの風が一気に入ってくると同時に

「璃子ッ」

店中に響く大声が聞こえてきた。


え、嘘。


そこに現れたのは、今は会社に行っているはずの淳之介さん。

今日は朝から会議だって言っていたのに・・・


「何やってるんだよ」


すごい迫力で迫ってくる淳之介さんに、私は身を引いてしまった。

それを見て、私の前に一歩進み出た荒屋さんが淳之介さんとの間に立った。


「彼女、怖がってますよ」


「どけ」

私のことを見下ろす位置まで来て、荒屋さんに命令する威圧的な声。


「落ち着いてください。でないと動きません」


普段一緒に暮らす私でも怖いと感じる淳之介さんの迫力に、淡々とものを言う荒屋さんに驚いた。

何だろう、荒屋さんが淳之介さんと対等にやりあっている。


「わかったから、どいてくれ。璃子に話があるんだ」

フーっと息を吐き、肩の力を抜いて、淳之介さんの顔が冷静さを取り戻す。


「わかりました」

今度は荒屋さんも素直にその場を離れた。


***


「ったく、親父さんにそっくりだな」

苦々しい表情で、荒屋さんを見る淳之介さん。


「親子ですからね。淳之介さんもお父上によく似てらっしゃいます」


凄いな、荒屋さん。

普段とは別人みたい。


「こいつの親父は本社の社長秘書だ」


不思議そうに2人を見ていた私に、淳之介さんが説明してくれた。


「へえー」


本社の社長秘書ってことは、淳之介さんのお父様の秘書。

それってすごい重鎮じゃない。


「素直に本社に入って出世すればいいものを一般入社で中野商事に入るから、こっちの情報が親父たちに筒抜けでいい迷惑だ」

「そんなこと知りませんよ。淳之介さんこそ、早く本社に帰って来いってずっと言われているんじゃないですか?」

「それは、まあ・・・」

珍しい、淳之介さんが黙ってしまった。


普段は上司と部下の立場を崩さない二人だけれど、意外な関係を知って驚くと同時に納得もした。

だってこの2人、雰囲気がとても似ていると思っていたから。


「ところで、璃子ちゃんを迎えに来たんじゃないんですか?」

「ああ、そうだった」


もう一度表情を引き締め、ギロリと私を睨む淳之介さん。


「璃子、一体どういうつもりだ?」

「それは・・・えっと・・・」


登生が心配だったにせよ、淳之介さんに黙って退院してしまったのは良くないと自分でもわかっている。

今日の夜帰ってきたらきちんと謝るつもりだった。

でも、まさかここで会うとは・・・


***


「とりあえずうちに帰ろう」


険しい顔はしているものの、周囲からの視線も感じている淳之介さんは私の荷物を持って腕を引いた。

私としてもこれ以上ここにいる理由はないから、家に帰りたい。


「マスター、お邪魔しました」

「お騒がせしてすみません」


淳之介さんと2人頭を下げて、私たちは『プティボワ』を後にした。


店を出ると、外には淳之介さんがいつも乗っている高級外車。

運転席にはいつもの運転手さん。


「仕事はいいの?」

「ああ。やっとのことで半日時間を作って、病院へ行って璃子を驚かそうと思ったのに」


大丈夫、十分驚いた。


「まさか璃子が病院を抜け出して、荒屋と会っているとは思わなかった」

「それは・・・」


たまたま『プティボワ』で一緒になっただけだといくら言っても、今の淳之介さんは聞いてくれないだろうな。

ならば黙っていよう。

病院を黙って退院してきた私としては、あまり強いことも言えない。


***


「ただいま」


淳之介さんのマンションへ数日ぶりの帰宅。

部屋はきれいに掃除されていて、私がいた時よりも片付いている。

お手伝いさんはきれい好きな人みたいね。


「今メグが登生の迎えに言っているから、もうすぐ帰ってくるよ」

「メグ?」


上流階級の家ではお手伝いさんを「メグ」と呼ぶなんて習慣はなかったわよね。

ってことは、メグさんは固有名詞。それも女性の名前。

これは、どういうこと?


「メグは、俺の知り合いだ」

「知り合い?」

「ああ、古くからのな」

「ふーん」


私はただの同居人。

ある意味『淳之介さんの知り合い』なのかもしれない。それも最近知り合ったばかりの知り合い。

きっとメグさんとは年季が違うのよね。


それにしても、私がいない間に女性を部屋に入れるなんてひどい。

ひどすぎる。

そして、

この家の主婦はもう私ではないのね。

メグさんがいれば用は足りるし、私がここにいる意味はもうない。


***


「どうした?辛いなら休んでいてもいいんだぞ」

「大丈夫」


別に体が辛いわけではない。

どちらかと言うと心の問題。


「私なんていなくてもいいのね」

「え?」


普段ならこんなことは言わない。

でも今日は、口から勝手に出てしまった。


「登生の世話も、家事も、淳之介さんのお世話だって、メグさんがいれば十分でしょ?私なんていらないじゃないの」


もうここに私の居場所はない。

いる必要もない。


「璃子、落ち着け。お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「ええ、わかっています」


呆れたような顔をした淳之介さんに言われても、溢れだした私の気持ちは止まることができなかった。


***


「璃子は、亡くなったお姉さんの代わりに登生を育てる。母親になるって覚悟をしていたんじゃないのか?」

「そうよ、もちろん」


どんなことがあっても私が登生を育てるつもりだった。

だから銀行もやめて、2人で暮らしていた。


「じゃあ何で急に」

「登生には私しかいないと思ったから、私が親になるつもりだったわ。でも、父親が現れれば話が違う」

「父親?」


キョトンと私を見る淳之介さん。

この期に及んでも嘘をつきとおすつもりなのかと、腹が立ってきた。


「私、知っているのよ。姉と淳之介さんが付き合っていたことも、淳之介さんに付き合っている人がいることも。何なら証拠の写真でも見せましょうか?」


バックから取り出したお姉ちゃんと淳之介さんが映った写真をテーブルに置き、スマホで女性とホテルに入るところを映した画像を出して見せる。


「これは・・・」


おなかの大きなお姉ちゃんと一緒に写った写真を手に淳之介さんは言葉をなくした。


「これでもまだ、姉とは仕事以外での面識がないって言い張りますか?」

もしそうなら、私は淳之介さんを軽蔑する。


***


「これは俺じゃない」

「はあ?」


もう、呆れて言葉が出ない。

どこからどう見ても淳之介さんじゃない。


「なあ璃子、信じてくれ」

「無理です」

何をどう信じろっていうのよ。


「ただいま。りこちゃーん」

ちょうどその時、玄関から駆けこんできた登生が私に飛び込んできた。


「登生、お帰り」

言いながら涙が溢れる。


「どうしたの?」

後ろから入って来た綺麗な女性が不思議そうに私を見ている。


きっとこの人がメグさんだ。

待って、この人は淳之介さんとホテルに入って行った女性。

今携帯に写し出されている映像の人。

やっぱりこの人は、淳之介さんの恋人だったんだ。

映像で見るより年上の印象だけれど、確かに美人。


「とにかく、私は実家に帰ります」

これ以上ここにいるのは辛すぎる。


「ダメだ、どこにもいかせない」

「いいえ、淳之介さんが何て言おうと」


「ちょっと、待ちなさい」

いきなり聞こえてきた凛とした声。


見るとメグさんが登生の耳を塞ぎながら、私と淳之介さんを睨んでいる。


「子供の前で喧嘩なんてするんじゃありません。2人とも喧嘩するなら奥へ行って。そして、仲直りするまで出てきてはダメよ」

「「え?」」

あっけにとられているうちにメグさんに背中を押され、私と淳之介さんは普段ゲストルームとして使っている部屋へと入れられてしまった。

訳あり子育て中は 御曹司からの猛攻にご注意下さい

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