三人……三体の【伝説】級と対峙し、俺は動けずにいた。
相手の力が未知数である今、どの星座の力を引き出すか迷いあぐねているのだ。このまま【半神英雄ペルセウス】で突貫するには不用心すぎる。ならばここから離脱するべきなのだろうけど……背を向けた俺を簡単に逃がしてくれる相手ではないと、直感がそう言っている。
「私達、【新説】二人を相手に魔法少女はたったの一人ですか。世界に裏切られましたね、少女」
黒衣の男、『裏切りの使徒・ユダ』が嘲笑を交えて語りかけてくる。俺の近くにいた『死の予言騎士デュラハン』と並ぶように、優雅に飛行する様はまるで神が遣わした使徒そのものだ。
「神々の力を宿す神具に身を固めても、少女よ。貴方の闇を隠すことはできません」
戯言を垂れ流すその唇から視線を逸らすも、なぜか俺はユダの暗く窪んだ双眸から目を離すことができなかった。まるで星一つない闇深い夜空に吸い込まれるような、堕ちて行くような、そんな感覚。
「壊れなさい――――『欲望と裏切り』」
いつの間にかユダは俺の隣まで来ていて、耳をかすめるように至近でそう囁いた。
その直後、俺は耐えがたい怒りや苦痛、悲しみが胸の奥から濁流のごとく湧き出る。憎悪の感情に溺れそうになり、必死にもがく。
思考が、うまく、まとまらない。
「な、んだ? これ……」
ぐるりと視界が暗転し始め、俺は焦る。
今は【降臨】級3人を相手に戦わなければいけないのに、こんな感情に左右されている場合ではない。死ぬか生きるかの瀬戸際で、【人類崩壊変異体】と戦わないと。
「……でも、どうして俺は必死になってるんだ?」
こんな時なのに、口から出たのは自問だった。
それもこれも魔法少女になったせいでは?
星咲に出会って、魔法少女になって、こいつらみたいな【人類崩壊変異体】と戦う。
星咲さえいなければ、俺はこんなことになってなかった。
俺の不幸の根源である星咲は……俺を裏切って、魔法少女アイドルをやめた。
「裏切ったんだ……あいつは、俺を……」
言葉にしてしまえば、ひどくすんなりと胸におさまった。
あんなに輝かしい存在だった星咲。いつも笑顔で、いつもこっちの反応を楽しみ、いつも俺が困るような事をしてくる。それに悪い気はしなかった。
あいつとのやり取りを――――いつしか、暖かい日だまりのように感じる自分がいた。
そんな思いを、楔を俺の心に打ち付けていなくなるなんて。
なんて残酷な仕打ちをするんだ。
「あ、いつは……星咲はぁああああ!」
裏切ったんだ!
そう絶叫しようとした刹那。
「読み解くは約束の第一章――――【天下統破】」
天より、力強い波動……覇道が降り注ぐ。
その禍々しいオーラは、夏風のごとく吹き荒れた。汗でべたつく肌を一瞬で冷やすような、そんな清涼感を俺に味あわせてくれる。同時に、先程までの仄暗い憎悪や見当違いの感情も消え去っていく。
「魔法少女――――【織田信長】――――現界」
「魔法少女――――【伊達政宗】――――現界いたす」
自分が何らかの精神汚染を受けていたと気付く頃には、二人の魔法少女が助太刀に来てくれたと把握する。一人はよく見知った顔で、片目に眼帯をつけた切継愛だ。さっきまで学校にいたのだから、この騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれたのだろう。もう一人の……戦国武者鎧に身を包みつつも下半身はスカートという、本当に戦う気はあるのかと疑いたくなるような恰好の女子小学生は……たしか最近、どこかで見たことあるような――。
そこまで思考してピンとくる。星咲が倒れた時、遅すぎた救援だった序列6位の娘だ。
「研修生、ここまで天晴れであった。後は我らに任せるがよい」
偉そうに刀を鞘より抜き放った女児。
「我は欺瞞、虚偽、曲がった事が嫌いでな。さかしい裏切りと憎悪の情念など、我が統破によってこの場の全てを正常に戻させてもらった。案ずるな、貴様にもはや異常はない」
先程の後遺症は残らないと保証してくれるのはありがたいが、この場から早々に立ち去れと言うのは納得できない。切継と序列6位、たった二人でこの場を乗り切れるのか、という疑問が浮上する。
「ありがとうございます。でも、ここは三人で力を合わせ――」
「くどいぞ、候補生。貴様ごときが役に立てる局面ではない」
俺の話を最後まで聞かず、序列6位は果敢に『裏切りの使徒・ユダ』へと飛び込む。
「解呪と精神汚染だけが取り柄の下郎がッッ! 我が覇道の錆にしてくれる!」
「独眼竜――」
一直線にユダへと切り込む序列六位。それを援護するように切継がゼロ距離剣撃を飛ばし、ファヴニールやデュラハンの動きを封じる。
ファヴニールは巨体なだけあって、切継の魔法力にとって格好の的でしかない。低い唸り声を上げ、痛みを訴える。しかしゼロ距離斬撃は金色の鱗に阻まれ、傷は決して深くはない。
それにデュラハンの方は身を翻すまでもなく、切継の剣撃を受けて平然としているのも気がかりだ。
ユダは急接近してくる序列六位に対し、数十匹の赤黒い蛇を袖の中より出現させて迎え討つ。
見るからに猛毒を含んでそうな、毒々しい色合いの蛇たちが女児へと殺到する。
「読み解くは絶約の第五章――――【天下無双】」
力押しの一点。
そう言わんばかりに、序列六位は群がる蛇たちを弾き飛ばしながらその猛進を緩めない。だが、真横からファヴニールのビルよりも太い尾が迫り、校舎ごと倒壊させながら序列六位へと迫り来る。それすらも小さな少女は悠然と受け止めた。幾つもの激しい攻撃を弾き、握りつぶすその在り方はまるで鬼神。
序列六位はそのまま進みを止めず、ユダの右腕を切り飛ばすのに成功。
「無駄だぞ。貴様の背徳など、我が覇道の隅に転がる石コロ同然よ」
ユダは彼女の剣筋から逃れようと空中を飛翔するも、次々と切り刻まれていく。
左手、右足、そして――――ついには刀の切っ先が奴の首へと伸びた瞬間。
不気味な声が鳴り響く。
「そなたらの攻撃は理解した。死ぬ定めにある者が、いくらわいてこようが無駄なこと――――【失明の無知】」
ユダが放った蛇たち。完全に息絶えたはずのそれらをデュラハンが握れば、まるで生きた蛇のようにうねり、一本のムチへと変化した。そのムチを鋭く伸ばし、ユダにトドメを刺そうとしていた序列六位の右腕に絡ませた。
不意に刀を握る腕に静止をかけられた序列六位だが、すぐさまムチを切り捨てた。そのままユダへの猛攻を続けると思ったが、そこでなぜか彼女は後方へと大きく飛ぶ。
そんな彼女の動きをチャンスと見たのか、デュラハンがランスで構えて突撃を仕掛ける。危機感を覚える展開なのに序列六位は敵の方へ見向きをせずに、不可解そうに自分の右腕を見るばかり。
「ありえない……何者の影響も受けない我が【天下無双】が…………目が見えない、だと?」
「私は首なし。何者でもない。ただ死を予兆し、宣告するのみの虚無」
デュラハンの槍は神具ですら破壊した。
あの槍に突かれれば、例え序列6位でもただではすまない。そう危惧した俺は駆ける。
だが切継が抑えていたファヴニールが腕を振るい、その着地点が俺の進行方向だった。爆風に呑まれながらも、とっさに巨竜の鉤爪を回避し、すれ違いざまに【石眼メデューサの剣】で切りつける。しかし、切った箇所から石化が始まらない事に気付き、よくよくファヴニールを観察すれば奴の頭上には解呪を得意とするユダの姿があった。
「私の槍に貫かれ、その儚き命運も尽きるだろう」
ファヴニールの横やりに邪魔され、俺は序列六位の援護に向かえない。魔法力の残量を考えると、【存在消失の兜】をここで再現界させるか迷ってしまう。
そうこうするうちに、デュラハンが小学生女児へと死の矛先を向ける。
「笑止! 我が両眼の光を奪おうとも……はたして、騎馬ごときが我のもとまで辿り着けるか? 【二層現界】――」
どうやら発言の端々から序列六位は視力を失ってしまったと判断できる。その証拠に彼女は目を閉じながら、追加の【幻想論者の変革礼装】を行っている。
突然の失明でありながら、一瞬の動揺を超えてすぐさま冷静にアンチと対峙する姿はさすがと言える。それに加え、絶対の自信を匂わせる女児は頼もしく映った。
そんな彼女の在り方が……星咲と被る。
「読み解くは盟約の第三章――【永死の銃・散弾万城陣】」
火縄銃ともマスケット銃とも言える長めの銃が、序列六位の背後に……万を超える数がずらりと浮遊した。空中を埋めつくすほどの銃が狙いを定めた標的は、黒馬に乗った首なしの騎士。いや、彼女より前にある全ての範囲が銃弾の射程圏内。それに対抗するかのように、立ちはだかったのはファヴニールの尾だ。デュラハンを庇うために巨大な壁となったファヴニールの尾へ、万の銃が火を吹く。金色に輝く鱗が無数に弾け飛び、いくつかは肉を抉る。だが、やはりそれは決定打になりえない。
「助力は無用だ。邪竜殿はうるさいハエに死を」
「ワガッダ。ミンナ、コロス。金モ奪ウ」
巨竜が再び切継や俺との戦いに専念するのに応じて、俺は切継を【絶対障壁・アイギスの盾】で庇う。
山が落ちてくるような衝撃の重さに耐え、切継と攻守を分担しながら何とかファヴニールに対抗する。
「きらちゃん……あ、りがとう」
「……いえ、でもこのままじゃ……」
盾の隙間から覗けば、序列六位が万の銃を撃ち続けるも、デュラハンは意に介する様子もなく突進し続けているのが見える。
「魔法力。魔法少女の生の活力、そんな物から生成された銃弾など、私の力で死を迎えるのみ」
デュラハンに触れた銃弾はみなボロ布のように崩れ、塵となって消え失せていく。おそらくだが、奴は触れた生者に『死』を運命づける能力を持っている、はず……そして魔法力が魔法女子の、生の力を消費して発動しているのならば……その産物である銃弾や俺の兜に、いとも容易く死を結びつけ、壊すのは造作もなかったと……。
「きら、ちゃんだけでも、逃げて……」
「そんなこと、でき……ないです」
切継の呼吸がひどく荒い。いや、これは俺の呼吸音なのかもしれない。
ファヴニールの猛攻を防ぎ、立ち替わりで切継がユダを狙って攻撃を仕掛けるも結果は芳しくはない。
実はうまく、魔法力が制御できなくなっている。
そう、先程から視界が暗転し始めているのだ。おそらくは、またユダが何らかの精神汚染の類を発動しているのだと思う。理解はできるが、抗えない衝動。
胸の奥よりこだまする憎悪を抑えるので、意識の大半が持っていかれている。白雪から受けた仕打ちが、星咲がいなくなる悲しみと被り、俺の動きを鈍らせているのだ。完全に効力が及んでいないのはおそらく序列六位のおかげなのだろうが、切継も明らかに様子がおかしい。
「死すべき宿命だ、魔法少女よ」
銃弾の嵐を駆け抜け切ったデュラハンが序列六位に迫る。その矛先が、躊躇なく女子小学生の胸に伸ばされる。同時にファヴニールの猛攻も激しくなり、俺の【絶対障壁・アイギスの盾】がガラスのように弾け散った。
魔法力を上手く操れない俺と切継も、終わりを迎えようとしていた。
こ、んなところで、俺達は終わるのか?
胸にあいつへの憎悪を抱きながら、こんな中途半端に終わってしまうのか?
かすみゆく意識の中で――
俺が目指した者を思い浮かべ天を見上げる。
あいつだったら、この状況を、どうにか覆すことが――
あいつだったら、この逆境も乗り越える力強い笑みでこう言っていたはずだ。
『アイドルは死なない』と――
「――【宇宙を埋めつく砂剣】――――」
俺の求めた声が、天空よりこだまする。同時に眩しさで目がくらみ、これは本当に現実なのかと疑ってしまう。夢か現か、そこには願い求めていた光が舞い降りていたのだ。
正常な判断ができないまま……ユダと邪竜ごと貫く幾億もの輝きを放つ剣を眺める。それはまるで流星雨のように降り注ぎ、敵を蹂躙していく。
「――――星論・アルキメデス」
その声の主は序列六位を両手で突き飛ばし、身代りになるようにデュラハンの槍をその身に食いこませた。美少女が胸を貫かれ、いつか見た光景と被る。
だが、その身体が死して消滅することはなかった。
そして不敵に笑ったあいつが――――
誰よりもアイドルらしい笑みと共に、砂剣を次々とデュラハンへと殺到させる。
「馬鹿な……、そなたは、なぜ私の【死の宣告】が……それにこの攻撃はなぜ私の身を砕ける……?」
デュラハンの疑問に、あいつは可憐に微笑む。
「残念ながら、ボクの死は既に決まってるんだ」
そんな風にして『死の宣告騎士デュラハン』におどけるあいつを見て。
アイドルは死なない。そう必死になって言ってた奴の台詞かよ、と突っ込みたくなる。
「だから君の攻撃全部、ボクには無意味。そして、死人の攻撃なら君に届くはずさ」
デュラハンが無数の星屑剣に突き刺され、黒馬ごと消失させるの見届けた後――
あいつは俺の方を見て、いつもの――――本心からのニチャッと崩れた笑みを向ける。そして無言で頷いた。
俺には何を言いたいのかが一瞬で理解できた。
こっちを見つめるあいつの、何よりも澄んだ瞳が語っている。
……今ので魔法力は最後、正真正銘ゼロになったのだと。
だから、せっかく隙を生んでやったのだから、残るユダとファヴニールは今のうちに俺が倒せと。
だから、だから――――
俺は、両目の端から溢れそうになる水分を意思の力でねじ伏せ、魂の底から叫ぶ。
「読み解くは終約の第八説――――【オリオン座】!」
恋人にして月の女神アルテミスに射殺された、暴虐の狩人オリオンを宿す『幻想論者の変革礼装』。数多の大星雲を従え、己が強大なる力を誇示し、猛威を振るうための魔法少女へと変革する。
「魔法少女――【超新星・オリオン】――現界」
続けて即座に宇宙から、自分の魔法力に応えるであろう武力を呼び起こす。
「神滅兵器・首星落日――【ぺテルギウスの夕焼け】――」
太陽、それと見まがうほどの魔法力の塊。
破滅を司る超巨大な暴力が、天より飛来する。獄炎と高エネルギーが炸裂しながら、球体状を保つそれはまさに星落とし。ユダとファヴニールは【ぺテルギウスの赤色超巨星】に呑まれ、塵も残さずに燃やし尽くされる。
それから轟音と、世界は真っ赤に染まる。その余波はすさまじく、この辺一帯を吹き飛ばしかねなかった。いや既に校舎は半壊しているし、俺の【超巨星】によってここは更地になるのが確定だろう。解き放った魔法力が巨大すぎたのに後悔しつつも、今更止めることなどできない。
「読み解くは王約の第九章――――【安城の天下人】」
しかし、それをどうにかしようとしてくれたのが序列六位だ。巨大な土塊が急速にせり上がり、それは山のようにして俺の巨星を包み込む。まるでこの爆発から俺達を守る城のように、一度解き放たれた俺の魔法力を抑え込む。
豪風が一陣吹けば、序列六位が構築した城は崩れ、中に封じ込まれた巨星は消滅した。
ここに、ようやく俺の殺処分は終焉を迎えたと悟った。
「終わった、のか……?」
そんな疑問が虚空へと消える。
変わり果てた学校。怪我に苦しみ、死体を見ては嘆き声を上げる生徒達。そんな絶望に塗れた風景を眺め、とても清々しい気分にはなれない。
それでも俺達は、無言のままに危機を乗り切ったと安堵の息を吐く。だが、視界の隅にいたあいつの姿がブレた事で、俺の焦燥感が一気に上昇する。
あいつの身体が、崩れ落ちようとしていたのだ。
「ほ、星咲?」
ふわりと倒れゆく美少女のもとへ、俺は全力で疾駆した。
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