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「ゲホッ、ゲホッ」
ナナホシが咳をした。
単なる咳。最初は、そう思ってた。
「え?何、これ」
「ナナホシ?」
想像以上の動揺が俺たちを包み込む。
ナナホシと俺の視界に広がるのは、真っ赤な血溜まり。
それが証明するのは、たった一つの事実。
たった一つの最悪の事実。
そう、彼女は、ナナホシは、吐血していたんだ。
─────────────────────────
俺はペルギウスの空中城塞へ行かせてもらうことにした。
メンバーは、俺とシルフィ、エリナリーゼにクリフ、ザノバ、アリエル、ルーク、パウロ、ナナホシの総勢九名だ。
エリスには、お留守番をしてもらった。
出産直前の彼女を連れて行くわけにはいかないのでな。
彼女は片足だし、移動も辛いだろう。
行く前は「私もペルギウスに会いたいわ!」なんて、エリスに駄々を捏ねられたが。
流石に了承はしなかった。
本当は俺もエリスの傍に居たかったんだけどね。
仕方ない。シルフィを一人で行かせるのは少し怖いし、俺もペルギウスには聞きたいことがある。
昔から生きている英雄。
しれっと、オルステッドについて知っていたら聞いてみよう。
強くなるために。
皆を守れるようになるために。
そして、最強を超えるために。
俺は、空中城塞へと転移した。
─────────────────────────
空中城塞の生活。
ザノバが芸術に興味を示し、アリエルがペルギウスに挨拶をする。
そして、ペルギウスが転移について話す。
そんな空中城塞生活、思ったより平和に済みそうだ。俺は、そう思ってた。
でも、異変が起きた。
平和は、簡単に崩れ落ちる。
「ゲホッ、ゲホッ」
咳をするナナホシ。それと同時、彼女が『吐血』する。
彼女の困惑と絶望が俺の視界を揺らす。
「なんで、なんでよ!私だけ、なんでよ」
「ナナホシ……」
彼女の涙ぐんだ声が俺の耳を揺らす。
異世界人のナナホシ、魔力の無いナナホシ。
そんな彼女は、ドライン病になってしまったんだ。
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俺は決意した。
吐血する彼女の前で、絶望するナナホシの前で決意を固めた。
俺は、ナナホシを助ける。
彼女には恩がある。
ストーンキャノンの威力向上。
強くなるために俺に協力してくれた。
だから、恩返しだ。
強くなったのは大切な人を守るため。
俺は証明する。
威力を高めたストーンキャノン、パウロに教わった剣撃。
生成速度と実用性を高めた魔術の数々。
『強さ』俺には、少しだが自信があった。
少しの自信。しかし、そんな仮初の自信は簡単に崩れ落ちる。
「不死魔王 アトーフェラトーフェ」
最強を目指す俺の前に立ち塞がるのは、黒鎧を纏った、不死の怪物だった。
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荒れた大地、魔大陸。
俺たちは冷や汗をかき、立ち止まっていた。
「さぁ、五人全員でかかってくるがいい!」
帰り道まで、あと少し。
そう、そのはずなのに、すごく遠く感じてしまう。
理由は単純。
目の前に魔王が立っているから。
魔王 アトーフェラトーフェ・ライバック。
奴が俺たちの行く手を阻む。
俺たちを眺めながら笑うアトーフェ。
俺たちは転移魔法陣の遺跡を前にして、足を止めざるを得なかった。
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ナナホシを治す薬を探しに行った魔大陸。
シルフィとエリスに「行ってくる」と言って、足を運んだ魔大陸。
あぁ、思い出す。
エリスが付いていくわ!って言って、俺が反対して。そんな彼女を抑えるためにシルフィが面倒を見ると家に残ってくれた。
すごく順調だった。
魔界大帝キシリカに出会い、お茶と薬とメモを手に入れて。
アトーフェとの謁見で褒美を受け取ると言ってしまって、十年間魔大陸に幽閉されそうになった。
でも、小さな電撃『エレクトリック』ロキシーが残してくれたライトニングの応用技を駆使して、魔王の謁見から逃げることが出来た。
大丈夫、大丈夫。
これで、ナナホシを治してエリスの出産にも立ち会える。
あとは帰るだけだ。そう思っていたのに。
「くそっ!」
アトーフェと、その親衛隊が転移遺跡を陣取るようにして俺たちの前に立ち塞がる。
「これは、やべぇな」
パウロの言葉。これを聞いた俺は自軍の戦力を確認する。
俺にザノバ、エリナリーゼにパウロ、そしてクリフ。
この場に俺の相棒は居ない。
足を失ったエリスは居ない。
絶望はしなかった。
しかし、エリスが居なければ俺の本領は発揮出来ない。
それが現実。
俺は思わず渋い顔をしてしまう。
そんな俺に、エリナリーゼが耳打ちする。
「クリフは逃がしましょう」
「そうですね、そうしましょう」
ナナホシを助けるためのお茶、薬、メモ。
クリフには、これを持って帰ってもらう。
エリナリーゼの言葉の真意。
納得した。
というより、それが最善だろう。
俺はエリナリーゼに小さく頷く。
クリフの動きは決まった。
あとは俺たちの動き。
パウロ、エリナリーゼ、ザノバ、そして俺。
四人が顔を近付けて相談する。
ザノバが魔王を抑える。
パウロが魔王に傷をつけて、エリナリーゼが全体を見て。
俺が援護する。
俺以外は、この作戦を提案した。
そう、俺以外は。
「その作戦、待ってもらえませんか?」
「師匠、どうしました?」
「どうした、ルディ?怖気づいたか?」
パウロが緊張を解すように少し茶化しながら話す。
俺は言葉の代わりに真剣な眼差しを返した。
俺の作戦は違う。
俺の最善は、これだ。
「俺が相手をします」
「は?」
汗が滲む掌を握って。
硬い拳を作って、前を向く。
「魔王 アトーフェラトーフェ・ライバック。奴は、俺が一人で相手をします」
短くて少し重い。そんな言葉が俺たちを包み込むように充満していく瞬間だった。
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魔王の前に一人の男が立つ。
ふぅーと深呼吸をした男。
闘気を感じない、ひ弱な男。
龍神を本気で越えようとする男。
名前は『ルーデウス・グレイラット』
髪を揺らして決意を固める。
勝負は、始まった。
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勝つ。殺ってやる。
笑う魔王、冷や汗を掻く俺。
俺は魔王に一人で立ち向かう。
一人か。やっぱり心細いな。
不安になる心。瞬間、聞こえてくるのは魔王の大きな声。
「なんだ!?オレ相手にお前だけか!?」
「そうです、僕が相手をします」
魔王と俺のタイマン。
もちろん、一人なのには理由がある。
それは俺のストーンキャノンだ。
俺のストーンキャノンは威力がある。
絶大な威力を誇るストーンキャノン。敵に当たれば問答無用で破壊出来る。しかし、それは味方も同じこと。
味方に当たる。それが意味するのは味方の死。
パウロでも、エリナリーゼでも、神子であるザノバでも死ぬ。
合わせられるのはエリスだけ。
彼女が居ない状況では集団戦で撃つことは不可能。
ストーンキャノンが撃てない。それは流石に厳しい。
そんな理由。この説明をしてパウロには納得してもらった。
間違えていないはずだ。俺の本気が、この状況。
本気を出せるなら勝たなければならない。俺は、龍神を倒すんだから。
覚悟は決めた。
俺は予見眼を開く。
その瞬間。予見眼に映るのは、速い動きでこちらに向かってくる魔王の姿だった。
バン!
「一人で立ち向かう勇気は評価してやろう!」
「っ!」
上段に構えていたアトーフェの動き。踏み込みから流れるような縦振り。
俺は、その姿を見て、なんとかバックステップで躱していく。
俺は決して速くない。しかし、予見眼があれば魔王の攻撃も避けられる。
何故なら、俺は知っているのだから。
もっと速い人物を。
毎日、共に剣術を鍛え合った最愛の人を。
「決めるっ!!!」
俺は一瞬で剣を生成。
土魔術の剣。最速で作った剣に炎を纏わせ、アトーフェの腹を右横から斬る。
結果は直撃。
倒した。そう思った。
しかし、俺は思い知ることになる。
魔王は、そんなに甘い相手じゃないと。
「それは、攻撃か?」
「効いて、ない?」
半笑い。いいや、違う。
不思議そうな顔、疑問に思っている顔。
本当に攻撃なのか疑ってるんだ。
その程度のダメージ。
想像を絶する魔王の闘気。
俺では魔王の闘気を貫けない。
どうする?
「なんだ!お前、闘気を感じないぞ!」
この言葉と同時、笑いながら剣を振るうアトーフェ。
縦振り、横振り。
エリスよりは遅い。だけど……
「それでも、速い」
予見眼に映る魔王が、どんどんとブレていく。
動きが速くなる。
ブン!ブン!
「くっ」
魔王の剣。その内の一発、横振りが俺の鼻先を掠めた。
魔王の攻撃、まだまだ速くなる攻撃。俺は悟る。
避け切るのは無理だ。
でも、諦めるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
俺は作戦を変える。避けるのではなく、受ける。アトーフェの剣を自らの剣で受けにいこうと決断する。
手首の力を極限まで抜いて、受け流す。
パウロが使っていた水神流、パウロとの修行は無駄にはしない。
決める覚悟。
刹那、アトーフェの剣先が脱力する俺の剣にぶつかる。
瞬間、鳴ったのは爆音。
バン!!!
「どりゃあ!」
「ぐあっ!」
なんだ、これ。
力を抜いて受け流したのに。
手首が無くなったかと錯覚するほどの衝撃。
それほどの衝撃。
威力はエリスより上かもしれない。
手に広がるビリビリとした衝撃。
俺の顔を支配する、苦悶の表情。
その姿を見てアトーフェが笑う。
「ハハ!やっぱり、オレに一人は無謀だったな!」
「っ!」
バン!バン!!!
そこからは防戦一方だった。
避けて、避けて、当たりそうになったら剣で受ける。
また苦悶の表情をして。耐えて、受ける。
魔王の親衛隊もパウロたちも。
誰もが俺の負けだと思っていただろう。
全員が俺の敗北を予見していただろう。
だけど、一人だけ。そう、俺だけは希望を見据えていた。
防戦一方は悪いことじゃない。
攻めは一発でいい。
俺の判断。間違っていないと自分自身で証明する!
俺は黙って魔王を見つめる。
予見眼で隙を伺う、そんな顔で。
「つまらん!つまらん!!!早く攻めてこい!」
「……」
苛つくアトーフェ、攻め続けるアトーフェ。
その姿は、まるでサンドバックを叩くボクサーのよう。
俺というサンドバックを斬りつける魔王。
攻められると思っていない魔王。
そうなれば必然、不死魔王の動きが直線的になる。
苛ついて、油断して。動きが単純になる。
俺は、この瞬間を待っていた。
刹那、声が上がった。
親衛隊隊長のムーア。老戦士が何かを感じ取る。
「アトーフェ様!何か来ます!」
「あ?」
ドゴン!!!
「ストーンキャノン」
俺の声が戦場に響く。
静かな戦場に響く、爆音。
その正体は、たった一つの岩。魔術の岩が、不死魔王の右腕を…
…貫く音。
よし、決まった。弾け飛んだアトーフェの右腕。
そして後方に飛ぶ、魔王の右手に握られていた剣。
予見眼で油断を見つけた報酬。
その報酬は魔王の右腕の消滅を以て、支払われた。
「なんだ!この威力!?貴様!何者だ!」
「ただの、エリスの後衛です」
「エリス?誰だ!それは!」
俺の言葉と同時。アトーフェの苛立ちが困惑へと変わる。
しかし、油断は出来ない。
相手は不死魔王だ。
右腕の消滅なんて簡単に治してくる。
しかし、頭は別。
失えば身体だけになり、殺せずとも動きは鈍る。
急所、頭。狙ってやる。
流れは俺にある。
勝てる!
俺は、掌をアトーフェの顔に向ける。
決めようと、歯を食いしばる。
しかし、何度でも言おう。
魔王は、そんなに甘い相手じゃない。
簡単に勝たせてくれるほど優しい相手じゃない。
「良いぞ、お前!褒美だ!左腕はくれてやろう!」
瞬間、アトーフェの左腕が自らの顔を隠すように重ねられた。
顔を隠す。俺のストーンキャノンから顔を守るように持ち上げられた左腕。
その姿が物語る、魔王の決断。魔王の試みは明白だった。
顔を守るために左腕を捨てる。
それが魔王の判断だった。
「くっ」
魔王にとっては最善。しかし、俺にとっては最悪の判断だった。
左腕を飛ばしても、その間に右腕が治れば仕切り直し。
いや、慣れれば、ストーンキャノンを避けられる可能性も出てくる。
どうする、どうする。
考えろ、考えろ。
予見眼で、少し早く。
ほんの少し早く、魔王の動きを把握出来た。
考える時間は少しだが作った。
このままじゃ勝てない。
普通に戦っても勝てない。
勝てない?違うだろ。勝たなくていい。
そうだ、目的を見失うな。
俺の目的はクリフを逃がすことだ。
俺は掌を向けた。
しかし、向ける先は魔王の顔じゃない。
俺たちを囲んで立っている親衛隊じゃない。
方向は、下。地面に向けて俺は魔術を放つ。
俺は狙いを変える。魔王の首から変える狙いは、奴らの足止め。
「フロストノヴァ!」
「氷だと!?」
瞬間、地面を氷が走る。
アトーフェと親衛隊。全員の足が止まる。
「クリフ先輩!行ってください!他の人は先輩の援護を!」
「「「「分かった!」」」」
足元から凍っていく、アトーフェと親衛隊。
勝負は決した。俺は、そう思った。
しかし、聞こえてきたのは老戦士の火魔術詠唱短縮。
戦いを終わらせない。そんな言葉が聞こえてきそうな、老戦士の詠唱。
「まさか、ここまで強いとは」
老戦士。ムーアの掌から放たれた熱が俺の氷を溶かす。
しかし、溶かせたのはムーアと両脇の親衛隊、計三人。
俺は単純な魔力量で打ち勝った。
でも、逆に言えば三人は止められなかった。
そうなれば必然。奴らはクリフを追う。
そして、その戦況に拍車を掛けるように。
もう一人。甘くない相手が平然と声を挙げる。
「ムーア!逃げた奴を追え!!!」
「アトーフェ様、了解しました」
やばい、クリフが狙われる。
しかも、くそっ、なんだよ。
アトーフェも当たり前のように俺の氷から逃れるのかよ。
魔王は力づくで氷から逃れていた。
凍っていく足を無理矢理地面から引き剥がし、何事もなかったかのように立て直す。
「貴様!最高だ!!!絶対に我が配下にするぞ!」
「断ります」
「なんだ!じゃあ、オレは断りを断る!!!」
戦闘は激化の一途をたどる。
ルーデウスVSアトーフェ。戦いは、始まったばかり。