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#ハッピーエンド
#婚約破棄
広場の中央
高くそびえる木の杭に縛り付けられた私の視界に、無情な準備が進む光景が映る。
足元には乾燥しきった枯れ木が積み上げられ、無造作に油が撒かれた。
鼻を突く独特の臭気が、これから始まる惨劇を予感させ、私の心臓を激しく打ち鳴らす。
呪術師が朗々と、低く不気味な祝詞を唱え始めると、それを合図に村人たちが動き出した。
手に持った松明の炎が、闇夜の中で狂ったように踊っている。
一歩、また一歩と距離を詰めてくる彼らの瞳には
もはや私を同じ人間として見る温もりなど欠片もなかった。
「燃やせ! 厄災を焼き尽くせ!」
「その血を流し、龍の加護を呼び戻すのだ!」
狂乱する群衆の怒号が、耳を劈くように響く。
私は震える唇を噛み締め、逃げ場のない絶望の中で天を仰いだ。
呪術師が空中に作り出した、どす黒い霧の向こう側。
そこには、血を吐きながらも、見えない結界を狂ったように殴り続ける蒼様の姿があった。
その拳は皮が剥け、爪が割れ、滴る鮮血が痛々しいほどに彼の白い肌を赤く染め上げている。
(……このままじゃ、蒼様まで壊れてしまう)
胸が締め付けられる。
呪術師の狙いは、私を単に殺すことではない。
私が業火に焼かれ、苦しみ悶える姿を蒼様に見せつけること。
その怒りと絶望、人への憎しみを極限まで膨らませ
それを「不浄の力」の触媒にして、彼を正真正銘の戻ることのできない破壊神へと堕とすことなのだ。
「……やめて……蒼様、もう、来ないで……っ!」
力の限り叫んだ言葉は、喉の奥で血の味を連れて弾けた。
これ以上、私のせいで彼を傷つかせたくない。
孤独だった彼が、ようやく私に見せてくれるようになったあの穏やかな眼差しを
こんな醜い憎しみで塗り潰したくなかった。
しかし、その時だった。
天を真っ二つに割り裂くような、凄まじい轟音が響き渡る。
山の方から目も眩むような鮮烈な「緑の雷光」が放たれ、広場の中心へと真っ直ぐに突き刺さった。
「───が、あああああああ!」
激しい地響きと共に現れたのは
半身を龍の硬質な鱗に覆われ、理性を失った獣のような瞳をした蒼様だった。
彼は呪術師が張った鉄壁の不浄の結界を
神の誇りである自らの「逆鱗」を自ら砕くことで、強引に食い破って現れたのだ。
「小春……!今、助ける……!」
蒼様の手が、私の体を縛り付けていた縄を龍の熱で焼き切る。
私は崩れ落ちるように彼の胸へ飛び込んだ。
けれど、その代償はあまりにも大きかった。
彼の胸元の傷からは、浄化しきれないどす黒い呪いが溢れ出し、煤のように彼の全身を蝕んでいた。
「蒼様、だめ…!あなたの体が……!」
「……黙っていろ。お前さえ、無事なら……それでいい」
蒼様は、力が入らないはずの震える手で、私の頬を包み込んだ。その手は焼けるように熱い。
けれど、私たちの再会を嘲笑うかのように、呪術師が低く笑いながら錫杖を振るう。
地中から不気味な黒い泥のような触手が無数に伸び、身動きの取れない蒼様の足を絡め取った。
「くくく……いいぞ、龍神。その純粋な怒り、その深き苦しみ。それこそが我が望む最高の供物だ! さあ、娘と共に底知れぬ闇へ沈め!」
蒼様の体が、底なしの沼のような呪いの泥に引きずり込まれていく。
私は、悟ってしまった。
このまま二人で逃げる道はない。
呪術師の狙いが私という器である限り
私が彼のそばにいることが
今の蒼様にとって最大の弱点になり、彼を死へ追いやる鎖になってしまう。
「……蒼様。ごめんなさい」
「……何を、言っている……」
私は、彼の胸元の逆鱗───
砕け散ったその場所に、そっと手を添えた。
かつて彼の古傷を癒した時に感じた、あの不思議な光。
私は自分の中に残るわずかな生命力を、すべて彼へ注ぎ込む覚悟を決めた。
「……お前、よせ! 何をするつもりだ!離せ!」
「蒼様。私、あなたに生かしてもらえて、本当に幸せでした。……初めて、私として生きてていいんだって思えたんです。だから……」
私の体から溢れ出した、桃色の鮮やかな光が
蒼様を包み込んでいた黒い泥を凄まじい勢いで弾き飛ばしていく。
温かな光が彼を押し上げ、私自身の意識は急速に冷たい闇へと遠のいていった。
「……さようなら、蒼様。……私のこと、忘れないでくださると、嬉しいです…」
私は、必死に私を掴もうとする彼の手を、ありったけの力で振り払った。
桃色の光の渦に呑み込まれ、泣き叫ぶ蒼様の姿が、白く霞んで遠ざかっていく。
「小春ッ!行くな、小春───!!」
愛する人の、魂を削るような絶叫。
それを最後に、私の世界は真っ白な光の中に塗りつぶされた。
愛しているからこそ、離れなければならない。
それが、厄災と呼ばれた私が、唯一見つけた「愛」の守り方だった。