まるで本心を偽るかのように異様にテンションが高い星歌にグイグイ寄られて、彼女はこころもち身を引きながらも首を横に振った。
「そこまでは……。仮にも先生ですし。それに声をかけてくれたり、教えてもないのに電話番号を知ってて夜に電話されたりするだけで、実害はなくて……」
「そ、そうなんだ……」
教えてない電話番号を知ってるなんて呉田のヤツ、立派なストーカーじゃないか。
星歌が憧れていた物静かなイケメンという薄っぺらい上辺の印象が、ガラガラと音たてて崩れていく。
それに──と、石野谷ケイは続けた。
「誰にも相談できずにいたら、白川先生が気付いてくれて……。騒ぎにはならないように何とか収めてあげるって言ってくれて」
「ソウナンダ…………」
すみません、お姉さんにもご迷惑をかけて──そう言って頭を下げられると、星歌としては笑顔を返すよりほかない。
なけなしのプライドを総動員だ。
「行人ハ、昔ッカラ優シイトコロガナキニシモアラズデ……」
「えっ?」
「や、やぁ……何でも。ゴホン。寝不足でね」
──何だろ、この子にお姉さんって呼ばれるのヤだな。
行人の嫁になったケイの姿を想像し、彼女からお義姉さんと呼ばれる未来を想像してしまう。
そうなると、小姑の自分はきっとイジワルをしてしまうだろう。
「あの、大丈夫ですか。白川先生のお姉さん?」
いや、この呼び方は仕方ないよな。
学校に関わっていたとはいえ、星歌は生徒と接点のない事務員だった。
白川さんと呼ぶのも馴れ馴れしいと、石野谷なりに気を遣っているのだろう。
「コホン。私のことは星歌でいいよ。石野谷さんは……その、ケイちゃんでいいのかな」
行人とこの子の間柄なんて気にも留めていないというふりを装う星歌の前で、彼女はパッと顔を輝かせた。
「はい、ケイで。あたしも星歌さんって呼ばせてもらいます。うれしいです」
「お、おぅ……!」
美少女を守るヒーローの気持ちも分かってしまい、少々複雑な気分だ。
そんな星歌の心境など気付く由もなく、ケイは事の次第を話してくれた。
何かが起こったわけではない。
気が付けば事態がこじれてしまっていて、自分でもさっぱり分からないのだと。
絵を描くのが好きで入学と同時に美術部に入部したこと。
顧問の呉田先生は、それは熱心に指導してくれたて充実した日々を送っていたこと。
だが夏合宿が過ぎ、二学期も半ばになると呉田先生の距離感が少しおかしいと思い始めたのだという。
やけに見られていると思ったら、強引にスケッチブックを見せてくる。
明らかにケイ自身をモデルにしたと思しき素描をそこに見て、彼女は思い悩んだ末、美術部を辞めたのだという。
そこから、呉田先生のつきまといが始まったのだ。
スケッチブック片手に何か言いたげに近付いてきたり、逆に用件を問うとゴニョゴニョと意味の分からない言葉を返してくる。
害はない。
確かに害はないのだが。
とはいえ一度違和感を抱いてしまうと、顔を見るのも苦痛になるのは致し方のないことで。
どんどん元気を失っていったケイに、行人が気付いて声をかけたという──そこで穏やかに緩んだケイの表情が、星歌の寝不足の目に刺さった。